普段

2013年10月 2日 (水)

oceanographers

言葉を探しているとその迷路に迷い込んでしまって、一度迷うと迷ってしまうことになれてしまうから、ものを発せなくなる。


理解とまではいかなくとも、せめて何らかの受け答えがあるならばそれでいい。


そういう気になれた、自分のラジオ番組の初回が無事に終わってほっとした。

世間話や自己紹介などは僕にとってはどうでもよく、ひたすら”音楽”であり続けたいという僕の妄想企画が通った事自体もはや奇跡なのだが、それでもたくさんの人に興味を持っていただいて、ほんとに嬉しく思う。

感謝します、みんなに。



話は前後するのだけど、9月末。
僕は親友と久しぶりにあって、よく喋りよく飲んだ。

不思議なもので、一緒に活動してる時は意識もしなかったが、長い時間はなれていていざあえると思うと、なんだか緊張なのか嬉しさなのか、よく眠れなかった。

彼はいつもと変わらない。

聞き上手で話し上手で、僕らの会話は音楽のようだと、僕は勝手に彼とのことは何でも美談にしてしまう。


秋葉原、お茶の水と、ドラムやその周辺機材を見ながら一緒に試奏をして、音大に入りたての頃を思い出した。

”どうやったら音が聞こえてくるのか”という僕らの議論は今でも全く変わってはいなかった。

僕らは耳に入ってくるものを”聞こえている”と誤解している。
当たり前のように習慣化されたものは、実のところ、知覚していないに等しい。
その話だ。

演奏者は演奏をするという身体的行為にあまりにも偏り過ぎていて、”聴く”ということを忘れがちだ。
僕も彼も同じお師匠の元で鍛えられて、同じように厳しくいわれた。
”音楽が聞こえるまで手を出すな”と。
やっぱりその話で盛り上がる。



彼は海と魚が大好きだ。
僕は海洋学を自己流で一人勉強して来た。

自然に水産の料理屋に入って、彼の薦めるウマヅラ(カワハギ)のお造りを食べた。
くさいものだと信じてた僕には驚きのうまさだった。
そういうサプライズを、彼はいつも運んでくる。

音楽を一緒に演奏する時もそうだった。



会話というのは”聞く”からスタートする。
僕が音楽を好きな理由は、僕がおしゃべりが好きな理由と全くおなじだ。

喋ると同時に聞くことが一番楽しい。
いやな奴だと思うかもしれないが、実は口喧嘩も好きだったりする。
まぁ、なにせ喧嘩っ早いもんで。



とにかく、そんな彼が関東に戻って来たということが僕には大事件であって、ただただ嬉しいわけで、端から見ればそんなたいしたことでもないことをこうしてブログに残すということも、迷う必要もないのじゃないかと思うようになるほど、僕の心は少し快方に向かっているようである。

まだ若干の鬱は残っているが、まぁ、ゆるゆるといい方向に進んでいるということで。


案外、迷うことは僕には必要ないのかもしれない。

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2013年2月 8日 (金)

零式

2月に入った。

月日はまさに矢のごとく飛び去っていく。



メールを整理していると、あの忌まわしき3.11の直後に海外の友人とメールでやり取りしたものが保存されているのに気付いた。
おそらく後々何か考えるきっかけになるかもしれないと、そのときの僕が保存したんだろう。

そこには9.11の事と比較した内容が書かれている。

僕の語学力がずさんであるために、何度も尋ね直し、そのためにものすごい文章になっているので原文は恥ずかしくて見せられないが、概ね次のようなやり取りであった。


友人:
”日本人には、例えばキリスト教で言う主のような、みんながそれに向かって力を集める対象がないのに、何を軸にして団結するのか?”

僕:
”日本人は、ええっと、少なくとも僕は、神仏は日常の何にでも宿るものだと考える風習の中に生きていて、その神仏の中には自分のご先祖様、あるいは亡くなった肉親の魂も含まれてて、そこに向かって祈る。だから、祈りの先は個々人で違うけれども、祈るという行為そのものが共通していて、それによるシンパシーが広がる事で僕らは団結しているように思うなぁ。”

こんな事に関して3、4日間にわたって、ずっとメールの送り合いをしていた。


宗教的な話にはいろんな考え方があって、おそらく僕のこんな意見を心から胸くそ悪く思う人もいるだろうし、反論を持つ人もいるだろうが、これは所詮は砂粒程度の存在である僕の、ものすごく小さな意見であるのを了承していただきたい。



で、ようやく本文。

アイドル≒偶像。
神仏を乗せられないと思った誰かが、太平洋戦争時、潜水艦に処女を乗せて魚雷回避の魔除けにしたというのは有名な話。

僕らの国の文化の、ある側面は、”確固たる祈リの対象を持たない”ようだ。
となるとそれに変わる何かをゼロから生み出すことを考える。

信仰や憧憬の対象となる創造物、それが偶像。
例えば、岡本太郎の太陽の塔が一種のシンボルのように扱われたとき、それはある意味新しい神様の誕生でもあったように思う。
が、彼はけっしてゼロからそれを生み出したのではない。
順序や段階を踏み、創造物を満を持して作る。
まぁ、僕が誤解してなければ、彼のスタンスはこれだったように思う。


話を今に戻すと、先日のアイドルの某事件に僕はこの上もなく腹が立った。
勝手に偶像に仕立て上げ、憧れやまるで信仰の対象であるかのようにでっち上げて、最後は人である事をばらしたとして断罪する。

はじめから彼女は人であった。
莫迦な夢想と愚かで幼稚な信仰心の狭間でその人は一時的に超越者に仕立て上げられていた訳だ。

事件数日、その問題は一時的に沸き、すぐに忘れられた。
そもそもこの国のメディア関係はそういう体質にあって、情報を情報で洗い流そうとする。
非道とかっていうより、これは愚行だ。

こと、これが”日本の音楽”の世界の一出来事のように取りざたした事に、何より最も怒りを覚えた。

音楽を含む芸術は”偶像の創造”を主とする行いではない。
そもそもは人が人として生きる足跡の発露であり、それを洗練した”その人の証”である。

僕らはゼロからものを作るようなおごり高ぶった創作活動はしておらず、夢や希望、ときには絶望や失望の記録であったり共感であったり、それを発露する行為をおこなうものである。
人は、恋をするし、好意を持たれ、嫌悪され、手をつなぎ、衝突し、罪を犯し、和解する。

ところが、神仏には善悪という概念は存在しない。
それは結晶化した芸術も同じであり、脈々と人が歴史を紡いだその流れから、今を生きる今の人たちがその思いによってものを作るのである。
零から偶像を造ろうとする考えというのは、もしかしたら僕らがみんなで一緒に祈りを捧げる対象を持っていないからだと、そんなふうに思ったりする。


何度も言うようだけど、これは、塵芥に等しい、僕ごときが考える微小な妄想だ。

僕は歴史と繋がりたくて、僕にできることを作ろうとする。
それが僕の場合は音楽であり、太鼓の演奏である。
絵が描ければ絵を描いたろう。
写真が撮れたなら写真を撮っただろう。

人は人だから、結局は人同士が繋がってるというようなことを海外の友人とのやり取りの最後の方で僕は語り、彼はそれに対して、”だから日本が好き”という返事を返してくれた。


とにかく、僕にはいつもいろんな葛藤があって、いつもこのままでいいのかって思う。
ただ、その疑問を真剣に受け止めて、一緒に考えようとしてくれる仲間が少しずつ増えてきたことが嬉しい。


零は無我と無欲を意味する。
欲を除けば人は人でなくなる。
必ず何事も壱から始まる。
その差は大きい。

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2012年8月26日 (日)

It's up to me

前の記事からすっかり1ヶ月が経ってしまった。
引っ越しやら、あたらしいグループの方向性を決めることやら、エンジニアの仕事やら、結婚やら、なんやらかんやらで、どうも落ち着かない日々となった。

あ、そうそう、そういえば結婚した。
これに関してはこれ以上何も言うことはない。
僕にはハッピーということがどういうことか分からないし、知りたくもなければ、”愛”についてのその中身の言及は個々人によって違うものだから、このことに関して”おめでとう”などという言葉の意味すらも分からないからだ。

そんなことより、一番に心配なのは、親族を含む関係者各位に、これまで独り身だったことで自分だけならどうにでもなるとかき捨ててきた恥やかけ続けた迷惑をかけやしまいかということのみ。

本来僕は絶対に集団行動には向かないし、例えば音楽をやるとかイベントごとをやるということ以外、協調性は0の人間だ。

まず誰かとともに計画なんかは苦手を通り越して、できやしない。
人生設計なんて、死のうと思ったときに死ねばいいからする気にもならない。

というのが、本来の自分。
ところがそれが伴侶としての、いわゆる自分の半身のような存在ができるとそういうわけにもいかん。
こりゃ、なかなか難儀なことだ。

が、幸い、相手方のご親族の方々はどの人も明るく、わんこと暮らしていたり(僕は犬が好き)、職人気質なひとたちであったり、野菜を育てるひとであったりで、これまでのように眉間にしわを寄せて生きる日々は多少緩和されたように思う。
あとは鬼嫁の鬼説教に負けずに、野に咲く花よろしく、草の根の精神でたくましく生きていけば良いだけである。
自分のペースができれば、これまで以上に豊かな創作活動ができるだろう。


常に”音楽から身を引くか”ということを考える。

才能というのは誰にでもあると僕は思っている。
しかし崖っぷちを慎重にすすんでいても、その才は発揮されることはない。
不安が無くなれば、きっと僕はただのゲーム大好きなゲーマーか、シンナーまみれでプラモデルを作り続ける人間になるだろう。
大好きなゲームやプラモデルなんかを、稼いだお金で買い漁ることは多分”幸せ”なんだろうし、そういう楽しみにお金を使えるように働くこともありと言えばありだ。

芸術を続けることは大変なことだ。
ものを作るという喜び以上に、この世界は妬み嫉み、しがらみ、つまらな苦古くさいルールのかたちをした嘘、そんなものの方が多い。

不安も孤独も僕にとっては創造に駆り立てる源だ。
安定した生活はきっと僕から”怒り”を奪うだろう。
何かに対する反発や怒りが、僕にとってはものを作る源。

出来上がってくるものがむちゃくちゃであることも、意味がないと思われることも、僕自身のことで、そりゃ他人には関係ない。
が、そう思われる時点で僕の世界観は伝わっているのかもしれない。
なぜなら、僕の世界には意味もボーダーももともとないからだ。
そこらへんを歩くアリンコに生きる意味を問う痴れ者はおそらくほとんどいないだろう。
それと一緒。

意味付けはあと付けだ。
だから、僕は作り上げたものに対してだけ意味を”足す”。
歩いて来た道にその名前を付ける。

真に新しいかどうかは分からないが、自分にとっての知らないこと、これから挑戦することのみが僕にとっては新しい。
それは僕を知らない人、これから知る人、または知っていた人にとっても同じことが言えるだろう。
僕がこれまでにやらなかったことは、僕がこれまで発露しなかったことは、新しいものとして認知される。
それは”この人にとって””新しい”と。

新鮮であるということに僕はいつもこだわりたい。
素材は一緒でも、まだ作ったことのない料理を作りたい。
うまくいくかどうかは分からない、これが”不安”の正体。
美味しいと言ってもらえるかどうかが分からない、これが”孤独”の正体。


久しぶりに文章を書くとすっきりする。
ブログは僕にとってはセラピーである。
病むほど文章を書きたくなり、病むほど創造をしたくなる。

病み過ぎたこの一ヶ月はその気にすらならなかったのだけど、演奏をし、それをみんなが楽しみ、いい顔で話しかけてくれると、やはり元気になる。
ノーマルな病みに戻る。

これが作家の呪縛だろう。
身体が弱いことも、社会不適応も全ては呪縛だ。
直そうと思ったら、僕そのものが灰のごとく消えるに違いない。
与那国でいつだったかお祈りを受けたときに、身体が焼けこげる感じがしたのは気のせいではないのだろう。
笑い話だ。


てなわけで。
こんなに長い間、ここを留守にしていたのに、どういうわけか毎日のようにアクセスはたくさんあるようだった。
それはきっと何度も繰り返し読んでくれる人がいるということなのだろうし、最近あう人あう人、”ブログ読んでます”と言ってくれるので、僕は惚けた返事のみの痴人になっているのだけれど、なにはともあれ、心の中ではとても感謝している。

おいしそうな料理の写真が載るわけでもなく、かっこいい演奏の動画があるわけでもなく、音源がアップされてるわけでもなく、これといって特に謳歌するようなポートレートもここにはない。

ただただ文字のみである。
それでも僕の人となりを知ろうとしてくれたり、あったこともない人がこのブログをきっかけにメッセージをくれたりすることは、これはネットが中心となった現代においての、まさに”新しい”感動かもしれない。弊害はあるだろうが。


今日はこれでおしまい。
最後まで読み進めてくれてありがとう。


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2012年7月31日 (火)

エラー

毎日暑い。


夏になると、講師の仕事をしていたことを思い出す。
たくさんの生徒を見てきて、視点のあり方、ものの発し方、考え方が小さな社会の中でも大きく違うことに毎年驚いていた。
それが好きだった。

組織の中には多かれ少なかれマニュアルがある。
それにしたがって行動すればエラーが少ないという、そういうものの詰まった理論書だ。
が、当然そんなものなど当てはまらないことばかりだ。

僕はたくさんの嘘をついたといまでも思っている。
システマティックな学習の先には未来はないと僕は考えてきた。
それなのに、システマティックな学習を伝導する企業に僕は加わっていた。

大きな嘘だ。
僕がホワイトボードに書き出すことも、身振り手振りで伝えることも、全部嘘のように思えた。
”でもほんとはこうではない”とそれを否定することさえ、真っ赤な嘘のようだ。
個性は画一化される。
画一化されたものを協調と呼び、そこに”個性”を見出そうとする。
協調も嘘、個性も嘘。

教えること全てが不安になって不信を抱いたら、もう僕には何も教えられない。


一体そうして伝えられる何かが、これからの世の中の再生にいかなる一石を投じるのかまるで分からないが、嘘をつく不安を振り切ろうとその場を去った。
逃げたのかもしれない。

組織と戦ったところで、僕の小さな一撃などではびくともしなかった。
多くの人はその仕事に信念を持たず、教えるという一見すると正義の行為にやり甲斐を見出しているように僕には見えた。
これも僕の主観に過ぎないのだろうが。
いつまでいるのか聞かれ続け、”状況を変えられるまで”と答え続けているうちに、考えをシェアした仲間も皆いなくなった。

勝てば官軍とはよく言ったものだが、小さな言葉でささやかれることはたとえ真理であっても、現状を打破する鍵となるものであっても、喧噪には勝ち得ない。

弱きことはそのままイコール”楽”に通じるのだろう。
何も言わなければ何も言われない図式が完成した段階で、組織の中で僕は負けた。

何かを望むとき、自分が不安にならずに済む方法は”流れに期待を抱く”ことだ。
自らがオピニオンリーダーとなり、エネルギーを発していくことは途轍もなくリスクが高く、ときには周囲から”時間の無駄”だの”考え過ぎ”だの、まぁ、なんだかんだと言われる。

じゃあ、一体いつになったらその環境を変えられるのか、人が変わるのか。
何も意見を述べず、静観していれば何か変わるのだろうか。
時間が解決するか。
酒でものんで楽しい話をしていれば中が深まると勘違いし続けるのか。

自分に都合のいいことだけを自分の都合のいいときにやってきて言うのが、どうも今のスタイルに合っているらしい。
たしかに、ここには何の不安もない。
その場限りの”疑似一貫性”を帯びるからだ。
遅れてきた主役登場のていだ。
が、実際のところ、漫画の主人公のようにそれまでの出来事を超能力的には把握することなどできるわけがない。


面倒くさいのだな、何もかも。

何かを成し得たいと思っても自分から手出ししない。
ものを欲すれば待つが一番。
傷を怖れるから言わずが一番。


一体生きることとは何なのだろか。
虚しさにつぶされないように生きるのが精一杯だ。

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2012年7月17日 (火)

always let me go

特異点はいかなる基準の影響も受けず、過去現在未来を結ぶ唯一の点になる。

どこを通り、どんなことをしても、その点を通らずには時系列を結ぶことはできず、かといってその点自体は時系列を結ぶ為に存在するのではなく、その点そのものがその点であるあるが故に存在する。
なぜそういう状態であり得るのか。


僕らは社会に生きて、人の、社会の、もっと大きくとらえれば、歴史の影響を受ける。
これは必然だ。

カンブリア紀の生命の爆発だって、その全時代には見たこともないような生き物が生まれたが、どのような新種の生命も、突然変異はあれど、その遺伝子はかつての何かからの派生である。

何も見ず、何も聴かず、何も通らずで、何かを作り出そうなどということは不可能だし、それを提唱する偽物に激しい嫌悪感を覚える。

己の満足かなんだか知らないが、孤高の気取りかそれに付随するものか、”マイノリティーである”という認識のひけらかしに無性に腹が立つ。
どうせどんなに括弧でくくったところで、それは特異点にはなりえない。

洒落たふうのことを洒落たふうにやることがものすごく嫌いだし、そういうものの輝き方は途轍もなくいびつで、そのコミュニティーももうどうかしてる。


作りたいものを作るとき、そこには絶対に経過がいる。
つまり”続ける”というなんのことはない、ごく単純で莫迦の一つ覚えのような行動が必要だ。

創造するという行為は連続する時間の中でしか磨かれない。
何か一つでも連続を欠いたなら、もはやそれはものを作るということにはならないのだ。

過去にとらわれることも今や未来にとらわれることも、それは思考の停止であって、連続を断つものだ。


”今のままで満足か”と唐突にきかれた。
答えは2つだ。

その答えの1つは、”今までは”満足していようがしていなかろうが、もはや関係ない、ということ。
時間が経過したという物理的な状況は変えられない。
だが、過去は現在によってその意味や価値を変えることができる。

”今”といった瞬間に過去になるのだから、当然のようにそんなものやことに興味はない。
この瞬間の価値はいつでも変えられる。

そもそも今出来なければ満足する訳がない。
それからこれまでにおこなってきた自分の活動や経験は、それがどんなに糞のようなものでも、それこそその時点からの未来において意味合いが変わる。

はっきり言っておくが、これまでの自分を含めた、誰の何に対する行動や、言動において、僕は一切満足していない。

”今のまま、あるいは今までは満足か”という問いは、幾度となく、いろんな人にきかれてきた。
その度にいつも思う。
”では不満だと答えることを期待している人に、僕が不満だと答えたなら、その人は今のままで満足なのか”。

満足だろうが不満だろうが、どちらにせよそれはひどく主観的な意見だ。
いつ、どんなときにおいても、自分の場所は自分で見つけ出さねばならず、自分の向上と経験とに飢えているべきで、そうあることが作家であって、大体、理想もなければ自分の時代を自分で生き抜けない。


僕は、今の飢えた自分に満足している。
やりたいことだけをやるようなクソガキを一生通していこうなんてさらさら思わない。
僕は見たことないことや知らないことをやりたい。
僕の頭の中にあるものはたくさんの物事の集合体だ。
ひとつひとつとれば、所詮は経験によるパーツだから、どこかで見たことのあるような、または聴いたことあるような、味わったことのあるようなものだろう。

が、集合体は細胞のように新しい一つの生命になりうる。
全ては経験だ。

ただ、僕という核は、僕自身であって、どんな基準にも影響を受けない。
素材を選び、収集し、組み替えていくことは何かの影響を受けることがあっても、そこに何らかの普遍性を見出そうと考えるなら、それは特異点だ。
その複雑な経路こそ僕の核だ。

常にテーマにあるのは”普遍性”なのだ。
100人いたら100人が好きになるものが普遍性なんかじゃない。
時間を超え、思想を超越するのが普遍性であって、様々な哲学を飲み込み様々な側面をみせるから、一験何の影響も受けないように見えるものこそ特異点である。
目に見えないほどの影響は、文字通り目に見えない。
無限大はつまり無に限りなく近い。


僕は、自分で我慢ならないものを自らの手で作り出してきた。
同時に、もう今しか作れないものも作り出してきた。

時間の経過という最後の要因があって初めて完成されるものを作ろうとすれば、上記の2つは同じものということになる。
なぜなら、現在という進行する時間軸の上において、その意味は変化するからだ。


満足などという言葉は、通過儀礼だ。
行き過ぎる道に迷わぬように石を置いただけに他ならない。
これが出来ないようじゃ、まず持ってダメだ。
自己満足すら出来ない人間に、誰が期待などするものか。
己の評価を下せない人間は、つまりは盲目だということだろう。
人には必ず何かしら出来ることがあるはずだ。


そして、自己満足などという幼稚な時期はとっくの昔に過ぎた。
亡者に手を貸す暇はもうない。


次の舞台では僕はまっすぐに理想を追う。
もう誰かを待ったりはしない。

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2012年7月 3日 (火)

流転

こだわりなんてものの多くは途轍もなくくだらない。
流れる向きが変わったらそれに従ってさっさと流れを変えるのが世の中というものだ。

徹底されなければ、意味をなさないのだ。


つまり僕は、途轍もなくくだらない人間ということになる。
こだわろうとするからだ。

辞めてしまえばいい、変えてしまえばいい、そう思うのになぜこの道をひた進むのか。

求道とはほんとに莫迦の仕業だと思っている。
しかもそれで周りが見えなくなったら、今度は莫迦に哀れまれるほどの屑と化す。

歌い手が変わったとき、僕は僕のままで聴こえる音も見える景色も違う。
旅の仕方のこだわりは、つまり道の歩き方のこだわりだ。

こういうことがやりたい為に、ただただ常に誰かと分かり合いたいがために、こだわり続けて、しがみついてきた。

決して格好のいいことではないけど、格好のつけようもないほどとにかく作ることをしたかった。

いろんなことがあって、いろいろな思い出を残して、世田谷を去った。
別に何かの終わりをそのことが示している訳ではない。
むしろあれだけ悩んで本気で活動を辞めて帰ってしまおうと思っていたことから考えると、新しい一歩を踏み出したと考えた方がいいようだ。


習志野は音楽の町だ。
日中、暑い中、窓を開けて作業机を作り、CDラックにくぎを打つ頃、外から吹奏楽の練習の音が聴こえてきた。


運命は誰にも分からない。
どこで誰に会うかも、どこで生かされ、また命を失うかも、誰も知ることはできない。

だから莫迦だといわれようが、最低だといわれようが、理解されなかろうが、ずっとずっとこだわり続けてるのだと思う。


今はここにいる。
これが終の住処になればいいと思う。

どんなにそう強く願っても、もしかしたらまたいつか一歩を踏み出さねば行けない時が来るかもしれない。
それでも今だけは、安定に溺れていたいと思う。


いよいよでこぼこな人生になってしまったな。
いや、笑える、情けなくて。

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2012年6月23日 (土)

go from the inside

東京に戻ってくると、まぁ、いろいろと大変だ。


僕の活動の半分は演奏に費やされている訳だから、そも練習は当たり前だとして、”企画された演奏を成功させる”という義務を背負わねばならない。


自営業なもんだから、読んで字のごとく”自分で営業をする”、そんな具合だ。


音楽に限らず、芸術作品を売り歩くのは、未開の地にコーヒーを売り歩くのと同じようなことである。
知らないものを知らない人に知ってもらうというのは、新しいものを作っている以上当たり前のことで、これが食べ物なら味わってまずけりゃもう誰も口にしないで終わるが、作品ってのはまず手に取るという初動にまでに持ち込むことすら大変だ。

地下でなんだか怪しげな儀式のように耳なじみのないことをやってても、そりゃ誰も食いつきゃしない。

とはいえ、求められたものだけをやるとろくなことはない。
求める側にも、こう言ったら何だが、程度というものがある。

流行ものを追う人々は提示されるものを享受するだろうから、そもそも新しいものを求めるというよりは、出され続けるものを手に取り続ける。
で、多くはこの層に属しているから、流行ものは流れ、また流行ものに変わる流行ものが生まれる。

ここは自転車操業という訳だ。


しかし、普遍的なものを生み出した場合、何によって普遍的になるかはわからないので、正しく言うと作ったものがうっかり普遍的になる場合、ここにはやっぱり作り出した者の”自営業”がある。


作った本人がその作り出されたものの意味を一番よく理解しているはずだ。
が、たとえそんな雲の上の作家であろうと、それが永続的に愛される代物であるかということまでは知ることはできない。
自己判断は困難だ。


それでも作品を抱き、人前に立つ。
僕はそれが一番大事なことではないかと思う。


作ることに満足するならば、別で財を成し、それを糧として生きていくべきだろう。
あとは気が済むまでつくりつづけりゃいい。

が、僕にとって、作ることが僕を満たす訳ではなく、”作ったものが誰かにあうツールとなる”ことが僕を満たす。

僕は作ったものの先に夢を見る。
だから、演奏をいくらやったって何にも満たされやしない。
今日いい演奏ができたっていったって、もし誰も見てなかったら自己満足にもほどがあると、しょんぼりする。

人前でパフォーマンスすることが好きかと聞かれたら、いつものように”そこまで好きではない”と答えるが、それで人が踊るなら、笑うなら、声を上げるなら、その場を作るギアに自分がなっているのなら、それは大好きだと答える。


自分の音楽の追究はつまり、人とともにある。
例えば何らかの革新的なものを作ったとしても、そこに誰もいなかったら、僕は躊躇せずにあっさりゴミ箱にその譜面を捨てるだろう。


自分の”好きなもの”というのが自分のやりたいことではない。
はたまた、自分の得意なことだけが自分のやりたいことではない。

僕自身が下手であってもビジネスにも芸術にも学問にも僕は興味があるし、そういう意味で社会的でありたいなぁと思う。


落ち着いて何か一つのことに打ち込めるなんてそんな甘ったるい社会ではないから、全ては同時進行で、目が4つか5つぐらいないと周りで起きていることから切り離されるかもしれないというストレスや不安の中でものを作っていかねばならないが、それでもやりたいと思うのだから、その気持ちは本物なんだろう。


ときどき、自分は何をこんなことをいつまでもやっているんだと思ったりもする。
流れに乗っかれば楽なんだろうとも思う。
でも、どうもそれではなんだか生きてる心地がしないようなのだ。


逆説を体現することは難しいことだ。
かっこ良くない場所ででも自分たちのやることはかっこいいと思わせたり、自分に合わないことをやっていてもそれでもマッチさせよと試みることが新しいことに繋がってきたり。


僕はやっぱりそういう冒険が好きだし、仲間もみんなそうならいいのにと思うが、うん、まぁ、難しいことなんだろう。


飽きるくらい連続する安定したミニマリズムを、人は幸せと呼ぶのだし、平和と呼ぶようだから。

万年戦争屋の僕にはきっと一生無縁の言葉だろう。
どこかで野垂れ死にすることになると、そう決まっているようだ。


台風の目が青空をみせるように、そこは安定の場所。
でも僕がいる所は、その少し外側。

自分のコアに戻る時は、自分が死ぬ時だけでいい。


日常が騒がしかった分だけ、
きっととてつもなく静かだろう。

だから、今は外に出て行くのだ。
安定はやっぱりいらないや。

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2012年6月21日 (木)

帰郷

何年ぶりになるだろうか、用あって故郷の福岡に帰省した。

大きくなる所は大きく、その逆にもと栄えていた場所は小さくなっていた。


豊かさとは何かを考える。
資本に基づいて建てられた巨大なショッピングモール、たくさんの人が住める巨大なマンション。
いずれもとても便利だ。
もうこれだけのものが揃えば、人はこの土地を動く必要もない。
そこにすべてがある。

が、そこは僕の知っている場所ではない。
かつて遊んだ広場や田んぼは見る影もない。
家族と行った商店街の夏祭りも、もう催されることもない。

そら寒いというか、なんと言うか。

それ以上に、町の生活の速度に今の環境があっていない。
結局、福岡という都市は東京ほど速くはないのだ。

ゆったりと培われ、だからこそしなやかで強い独特の文化があるのだと思う。
都市のかたちも、だから東京なんかの真似をしなくてもいいはずだ。

しかし、そこにあるものはもう東京のものとさほど変わらない。
画一化というのは一種の癌化であると僕は思っている。

父の書斎と母の料理と妹のゆるさとばあちゃんの饒舌、博多のラーメンの味が変わっていなかったことにほっとした。


そんな故郷でならどうにでも生きていけるだろうと思うことには、我ながら恐怖を覚える。
なんだかんだで戦争が好きなのだな、僕は。

都会に舞い戻って、怒りや反発で血がたぎっている方が、結局似合っているようだ。


ろくな死に方はしないだろう。

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2012年6月 8日 (金)

be quiet

感謝とは自然で、自発的なことだ。
憎悪とは不自然であるが故に芽生えるものだ。

感謝や見返りを要求されたとき、その不自然さが憎悪を生む。

人は流れに任せてシンプルに生きられれば、どれだけ優しくなれるだろうか。
自分にあったものを探して必死に走り回ることも、あるいは誰かがそれをしていることも、そうやって泥まみれになりながら手探りで道を進む人たちがどれだけ美しいか。

世にあふれるものが模範だと思ったら大間違いだ。
人には人のバランスがある。

世の中と関わらなくなったら人は終わりだし、自己満足に浸ればそれで人は死ぬ。


世の中との繋がり方が下手だからといって、そこに苦悩があり努力があれば、その人はゆるくではあるけれども、緩やかなカーヴを描いて上昇していく。

もう戦後に作られたシステムは、今の世の中を蝕みこそすれ、続けることはできない。
今は今だ。


その仕組みの中に、一体どれだけの人生を巻き込んで、どれだけ引っ掻き回すのか。
それがこの世だとうそぶいて、いつまでこれからの人たちを誑かすのか。

原発も資本主義も団塊も、もう過去のものだというのに、作り上げられた自己満足をゆりかごのように、いつまでもいつまでも腐った羊水に浸って。

滅びるのなら老いと共の滅びればいい。


たとえ肉体が衰えようとも、その意志だけは衰えさせてはいけない。
人は生きている以上、最後まで破壊し、最後まで何度も何度も再構築しなければ。
何度も立ち上がらねば。


東京の生活には正直疲れた。
人はもう”諦めている”。

諦めは感謝を奪い、憎悪を肥やす。


その中心地に、僕は長く居過ぎたのかもしれない。
風をもう一度感じたり、自然にもう一度触れたり、広い空をもう一度見たくなった。

この中心地から少し離れた場所で、分かり合える人と暮らしてみたくなった。

もう僕の中から疲労は一生消えることはない。
不信と憎悪もなくなることもない。
殺意も破壊衝動もなくならない。

全て無くなればいいと思う前に、自分から遠ざかって、静かな場所で、静かに暮らす時間が、今はそういう時間が欲しい。


ただし、僕は復讐を忘れるほど、優しい人間ではないのでね。
その気持ちは、恩と同様、強く強く。
穴二つ掘ってでも、果たすべきものは、必ず果たす。


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2012年6月 6日 (水)

secret beat

自分がいいと判断するものは、決して”いいもの”だけで作られたものではない。

料理をするのが好きだが、美味しいと思うものには必ず”甘い”、”辛い”、”苦い”、”酸っぱい”がバランスよく含まれていて、そのどれかに力が偏るととたんにまずいものになる。


”そんな訳ねーだろ”ってバランスで成り立ってるものは、実はとてもバランスよくて、不思議なことにそのバランスは意図的には作ることはできず、ただ感覚によってなされるものであると僕は思う。


あぶない場所が好きで、でも何にもないものも同時に好きだ。
聴かせどころのない音楽も好きで、何の変哲もない素人の写真も好きだったりする。

なぜそれがこの世に生まれたのかっておそらく僕は考えるから、それだけでそのものが生まれた理由ができる。
僕が価値を与えることができる。

だから名作より迷作を選んでしまうし、完成より未完成で、人生は常に冒険。


ジャンルはいらない。
行きたい場所はボーダーのない地平。
何がしたいのかととわれれば、ボーダーをなくしたいと答える。
どこにでも僕ははまり、その場を愛してしまえば新しい自分自身を見る。


探さなくても自己は自己とともにある。
冒険の中にある。
人の中に僕はいるのだ。
しかも秘密のバランスで。
誰にもそれは解き明かすことはできない。
それは僕から語られることはない。

誰かが僕に何かを思うことで、はじめて僕の口が開く。
言葉もまた自己と他者とのバランスの上に生まれるものだ。

真に互いに興味を抱かない限り、まず発問すら生まれないものだ。
聞かれることが好き、つまりおしゃべりが好き、である。

その関係性は、官能的な秘め事のような、秘密のリズム。

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