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2013年11月 4日 (月)

from ideas to actions その8 "this heat"

しかし一年が過ぎていくのはほんとにはやい。

真夏の汗の感じをもう忘れてしまった。

2013年ももう11月だ。


人も他の動物と同じ、忘れっぽいのが本質のようだ。
記録をするという手段で、全てを忘れてしまうことを防いでいるに過ぎない。

たとえば、画家の下書き、物書きの走り書き、音楽におけるインプロビゼーションの録音。

音楽における譜面の作成はある程度の定型を要する。
定型になる前の段階では、音は音であり、細胞の一粒みたいなもので、その集合体が音楽で、ならば僕にとっては音符が整列している譜面はラフであれ、それはもうすでに”音楽”だ。
なので、音楽になる前のほんとにマグマのような段階をインプロビゼーションと仮定することにする。

インプロビゼーションを即興と翻訳するのは少々誤解があるような気がする。
むしろ音楽におけるインプロビゼーションは、純粋に”音を出す”という行為に対して付けられる名称であるべきで、これにうまいも下手も本来あるべきではないように思っている。
幼い子供がそろばんを手にして、ガシガシと振るような、そういう純粋な発音行為だと。

その純粋さはやがて音楽になる。
出来た音楽はまたすり潰されて、別の生き物に再合成される。
そういうグロテスクな想像が音楽の魅力だと言ったら、ひかれるだろうか、、、。



あまりにも唐突だけど、過去と今を繋ぐところに、”this heat”がある。

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出来上がったものの解体を請け負い、なおかつ新しいものとして世に送り出す。
それは作家というより、学者の領域なのかもしれない。
芸術は”天才による独創性”という安直な考えははっきりと間違っていると言える。
どんな突然変異にも、目に見えぬ土壌があるのだ。
天才は”その土壌を隠すことができる”という意味で天才かもしれないが。

現在における様々な手法の中に、this heatが発したアイディアが潜んでいるように思う。

実験は過激だ。
そして”分かりにくい”。
学者のやることだ、そりゃ分かりにくい。
面白いかと訊かれれば、十中八九面白くない。

が、とても興味深く、やっぱりおもしろい。


60年代に過激な音で、フリージャズやブラックコンテンポラリーがマイルスデイヴィスやジミヘンドリクスに連れられるようにして、音楽の新たな領域に踏み込んだ。
70年代にその遺伝子はキングクリムゾンを生み出す。
80~90年代にはソニックユースだ、マイブラッディーバレンタインだと、ノイズを多分に含んだものへと発展し、2000年代にはbjorkに帰結するようなかたちをとる。

が、いつ、このジャンルも時代も飛び越えた意志が繋がってくるのか。

そのミッシングリンクを埋めるのはthis heatであると僕は信じている。

音が、すなわち音である。
電気楽器の発する純粋なノイズから、何かが生まれようとする瞬間の目撃が収められている。


聴くか聴かないかはどうでもいい。
ただ、音というのは”そういう音があるかどうかを知っているかどうか”だということだろう。

僕はthis heatにたくさんの音を教えてもらった。
そのまま残しておきたい音も、受け取ってはってさせなければならない音も。

音楽が停滞していると思うなら、彼らがいつだって”それは嘘だ”と教えてくれる。

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