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2012年11月20日 (火)

憂鬱の色

”黄色が似合いますね”とよくいわれる。


同じようにオレンジや山吹色も僕に似合うようだ。


急激に寒くなってきて、今年は紅葉を楽しむ暇もなかった。
寒さは憂いを誘う。


僕の一番好きな色は、実のところ黄色ではない。
海の色、マリンブルーである。

が、僕にとってのイメージカラーは”黄色”と”ショッキングピンク”だ。
この種の色は憂いと狂気の色である。

見た目に明るい黄色には”悲しみ”が含まれていると僕は思っている。
真の絶望も悲しみも、よく言う”黒”ではない。
”希望”があるから望みが失われたように見える、それはまさに憂いだ。
泣き笑いのような色が黄色なのだ。

僕の表現は決して全身から発する歓喜ではない。
憂鬱と絶望を振り払おうとする”泣き笑い”の表現である。

多幸感は幸せに満ちているときに放出されるものではない。
幸せに本気で手を伸ばそうとしているときにその身から放たれる。

きっと生涯を通して自分なりの幸福のあり方を探し求める僕は、憂鬱の中から必死に幸福を感じ取ろうとするだろう。
それが僕の、作家としての音楽であり、僕の演奏家としてのサウンドでありスタイルである。


ピンクは、決して燃え上がることのない炎の色。
炎に憧れを抱き、身を焦がすような狂気の色である。
憧れを捨てることで自分のおもい描く理想を追う、そんな意味合いがある色だと思っている。

赤は戦いの色だけど、ピンクは混沌と狂気。
僕には何の正解も不正解もない。
僕がダメだと思うものはダメで、いいと思うものはいい。
その考え方自体、他人に誤解され、ともすれば嫌悪される原因になるんだろうが、もしもものを作る人間がその価値基準を世の常識にあわせたとしたら、出来上がるものは既知のものとなるだろう。

僕の活動の真意は”提示”である。
これならどうなのか?という疑問やまだ形にもなってないさなぎの中身のようなものを投げつけることが、僕のやっていることだ。

断じて優しくはない。
それは難しいものが簡単にはならないということと同じ原理に基づく。
身に纏いたいと思う何らかの芸術的なものは根底に”狂気”を宿している。
つまり”優しい”ことはない。
優しくないものは優しくならない。

狂気は人を傷つけながら、同時に人を奮い立たせる。


いずれの色も二面性を持っている。


青は僕の理想である。
いつか澄み切った青色の曲を作ってみたいと思うが、今の僕はまだ濁ったまま。

まぁ、ほんとにこころが青に染まったら、僕は音楽を演奏することも作ることも止めると思うし、色も見えなくなるだろう。

だって、僕にとって青は白よりも”無垢”を意味するから。


泥沼の中にいなければものが作れない。
僕はそんな人間である。

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