« ”ドン”と”タン” | トップページ | always let me go »

2012年7月 3日 (火)

流転

こだわりなんてものの多くは途轍もなくくだらない。
流れる向きが変わったらそれに従ってさっさと流れを変えるのが世の中というものだ。

徹底されなければ、意味をなさないのだ。


つまり僕は、途轍もなくくだらない人間ということになる。
こだわろうとするからだ。

辞めてしまえばいい、変えてしまえばいい、そう思うのになぜこの道をひた進むのか。

求道とはほんとに莫迦の仕業だと思っている。
しかもそれで周りが見えなくなったら、今度は莫迦に哀れまれるほどの屑と化す。

歌い手が変わったとき、僕は僕のままで聴こえる音も見える景色も違う。
旅の仕方のこだわりは、つまり道の歩き方のこだわりだ。

こういうことがやりたい為に、ただただ常に誰かと分かり合いたいがために、こだわり続けて、しがみついてきた。

決して格好のいいことではないけど、格好のつけようもないほどとにかく作ることをしたかった。

いろんなことがあって、いろいろな思い出を残して、世田谷を去った。
別に何かの終わりをそのことが示している訳ではない。
むしろあれだけ悩んで本気で活動を辞めて帰ってしまおうと思っていたことから考えると、新しい一歩を踏み出したと考えた方がいいようだ。


習志野は音楽の町だ。
日中、暑い中、窓を開けて作業机を作り、CDラックにくぎを打つ頃、外から吹奏楽の練習の音が聴こえてきた。


運命は誰にも分からない。
どこで誰に会うかも、どこで生かされ、また命を失うかも、誰も知ることはできない。

だから莫迦だといわれようが、最低だといわれようが、理解されなかろうが、ずっとずっとこだわり続けてるのだと思う。


今はここにいる。
これが終の住処になればいいと思う。

どんなにそう強く願っても、もしかしたらまたいつか一歩を踏み出さねば行けない時が来るかもしれない。
それでも今だけは、安定に溺れていたいと思う。


いよいよでこぼこな人生になってしまったな。
いや、笑える、情けなくて。

|

« ”ドン”と”タン” | トップページ | always let me go »

普段」カテゴリの記事

コメント

いいよ!初めて肩の力が抜けた感じで。
緩急よ。

投稿: | 2012年7月27日 (金) 00時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/482886/46150164

この記事へのトラックバック一覧です: 流転:

« ”ドン”と”タン” | トップページ | always let me go »