« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月31日 (火)

エラー

毎日暑い。


夏になると、講師の仕事をしていたことを思い出す。
たくさんの生徒を見てきて、視点のあり方、ものの発し方、考え方が小さな社会の中でも大きく違うことに毎年驚いていた。
それが好きだった。

組織の中には多かれ少なかれマニュアルがある。
それにしたがって行動すればエラーが少ないという、そういうものの詰まった理論書だ。
が、当然そんなものなど当てはまらないことばかりだ。

僕はたくさんの嘘をついたといまでも思っている。
システマティックな学習の先には未来はないと僕は考えてきた。
それなのに、システマティックな学習を伝導する企業に僕は加わっていた。

大きな嘘だ。
僕がホワイトボードに書き出すことも、身振り手振りで伝えることも、全部嘘のように思えた。
”でもほんとはこうではない”とそれを否定することさえ、真っ赤な嘘のようだ。
個性は画一化される。
画一化されたものを協調と呼び、そこに”個性”を見出そうとする。
協調も嘘、個性も嘘。

教えること全てが不安になって不信を抱いたら、もう僕には何も教えられない。


一体そうして伝えられる何かが、これからの世の中の再生にいかなる一石を投じるのかまるで分からないが、嘘をつく不安を振り切ろうとその場を去った。
逃げたのかもしれない。

組織と戦ったところで、僕の小さな一撃などではびくともしなかった。
多くの人はその仕事に信念を持たず、教えるという一見すると正義の行為にやり甲斐を見出しているように僕には見えた。
これも僕の主観に過ぎないのだろうが。
いつまでいるのか聞かれ続け、”状況を変えられるまで”と答え続けているうちに、考えをシェアした仲間も皆いなくなった。

勝てば官軍とはよく言ったものだが、小さな言葉でささやかれることはたとえ真理であっても、現状を打破する鍵となるものであっても、喧噪には勝ち得ない。

弱きことはそのままイコール”楽”に通じるのだろう。
何も言わなければ何も言われない図式が完成した段階で、組織の中で僕は負けた。

何かを望むとき、自分が不安にならずに済む方法は”流れに期待を抱く”ことだ。
自らがオピニオンリーダーとなり、エネルギーを発していくことは途轍もなくリスクが高く、ときには周囲から”時間の無駄”だの”考え過ぎ”だの、まぁ、なんだかんだと言われる。

じゃあ、一体いつになったらその環境を変えられるのか、人が変わるのか。
何も意見を述べず、静観していれば何か変わるのだろうか。
時間が解決するか。
酒でものんで楽しい話をしていれば中が深まると勘違いし続けるのか。

自分に都合のいいことだけを自分の都合のいいときにやってきて言うのが、どうも今のスタイルに合っているらしい。
たしかに、ここには何の不安もない。
その場限りの”疑似一貫性”を帯びるからだ。
遅れてきた主役登場のていだ。
が、実際のところ、漫画の主人公のようにそれまでの出来事を超能力的には把握することなどできるわけがない。


面倒くさいのだな、何もかも。

何かを成し得たいと思っても自分から手出ししない。
ものを欲すれば待つが一番。
傷を怖れるから言わずが一番。


一体生きることとは何なのだろか。
虚しさにつぶされないように生きるのが精一杯だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月26日 (木)

reborn

言葉もまた自己表現のツールであって万能なわけではなく、伝えられることも多いが、伝わらないことも多く、誤解も多い。


人はほんとに人同士分かりあえないのだろうか。
多くの経験、見聞をしてなお、理解を深めるに至らない数千年の歴史を見ると、果たして僕らは分かりあえない種ということが出来るかもしれない。

知識や知恵や文化といったものが進化を妨げる原因になっているのなら、僕個人としてはそんなものは捨ててしまいたいが、ご多分に漏れず、間違いなく僕自身もそんな文化の中にあり、知識や知恵に凝り固まり、雁字搦めとなって人に襲いかかる、そんな人間である。


暇人がまるで世捨て人のように、自国に対してふと考えたことがある。
この国は幼稚化してるのではなく、老人化しているのだと。

”人にやりたくないことを押し付け、自分はやりたいことをやる”。
”これは知ってるからやらなくていい”
このずる賢さは子どもの考えつくことではない。
これは経験を踏んだ老人の考えだ。

全てを知った気になり、己の利益を優先し、自分を中心に置くから他者が見えない。

たとえどんなに長く生きて、どんなにこれまで何かをしてきたとしても、僕らは生きることに対してリタイアすることは絶対に出来ないはずだ。

身体が機能している限り、あるいは思考が機能している限り、僕らは世界との関わりを終わらせることなく、何らかの反応を示していくべきだと思う。

幼児退行は”子ども”にできる仕業ではない。
これは老人に見る症状だ。

次代を担う人がもし、老人のようにリタイアを望み、コミュニケーションを疎んだら、もう人としての進化は末期だ。
知っていることだけを続けることはその末期症状に等しい。

しかし、同じことはある一定の期間、繰り返されねばならない。
それは”訓練”である。
決して”理解しきった”と決めつけるべきではない。

浸透があって初めての”理解”の可能性が出てくる。
それにしたって所詮は土台だ。


様々なものを記録出来る時代はとっくのとうに到来している。
人は何度となく自己の体験のように過去に触れ、検証することができる。
それにも関わらず、人は相互理解をいっこうに深めるに至らない。


誰かがわかりやすく”理解”するということの意味ややり方を説明してくれると思っている。
長く時間のかかる、煩わしいと思われる作業を、誰かに任せている。

そしてそれは僕にも例外なくある。
どんなに必死に新鮮であろうと心掛けても、心身の疲れはあっさりと僕からその心掛けを奪うだろう。

長い前書きだったが、ようやく本題だ。

ある種の突然変異はこの世の環境にはそぐわず、長くそのかたちを保つことはできない。
これは突然変異であるが故の必然だ。
生物に例えて話をするなら、ある日突然誕生したものは比較や検証によって生まれたものではなく、それはつまり長時間かけて変化をしてきたものではないから、微妙な環境の変化を感じられても構造的に対応できない一過性の命となる。
が、大事なことは、この突然変異はそれでも過去から続く流れの中から生まれてきたものであるということだ。

変異体の産出は普遍体の完成の奇跡への第一歩だ。
症例が多くなれば、変異体は一般化されていく。

そういった突然変異は、ほ乳類におけるへその緒のような役割だといえるだろう。
へその緒は一時期に絶対に必要不可欠であり、あっという間にそのかたちは変わる。

cubic star minimal orchestraというグループを長く続けてきて、現時点までで最も長く続いた一つの時期が終わった。
変異体に対する不理解や非難は数えられないほどあったが、現象として徐々に認知されるに至ったことは僕自身がよく感じている。

人が抜けたりすると、理解のできない奴は”それが終わり”だと勘違いをする。
はっきり言って、間違いだ。
それは一時期の”かたち”が次の段階に入ったに過ぎない。


存続に何かしらの意味があるのか?と問うものも出てくるかもしれない。

存続し、進化し続けることに意味があるのだから、それそのものに意味があることに対して意味があるかという問い自体が間違っている。

何かにつけて意味を問うことも、まったく年寄り臭い行為だろう。
子どものときは意味などなくても笑い、作り、興味を持ち、残酷なまでにいろいろなものをもてあそんだのではないか。

無計画な残酷性や攻撃性こそ未熟な子どもの証なのだが、それも精神の成長の過程である。
成長の先にそれらの性質は磨き上げられ、エネルギーは別のものに変換されるべきだ。

そしてまた、その先に繋がる。


現状を維持する知恵と同時に、新しい環境への不安を押さえ込む力が必要だ。
”今”はいつも次の瞬間に消えてなくなる。
即興的な変化への対応とともに先見性も兼ね備えなくてはならない。


人と道を分つことはとても寂しいことだ。
分かりあえないことも寂しいことだ。

こういうと残酷だったり冷めた奴だと言われるかもしれないが、僕はその寂しさよりも、新しい出会いに胸を膨らませるタイプである。
誰がなんと言おうと。


過去は”宝物”であり、宝物は宝箱にしまわれるものである。

僕の創作物は宝物ではない、”生き物”だ。
だから存続することに意味があり、進化し、かたちを変えることに意味がある。

へその緒は僕の命を生み出した大切は僕の一部だった。
それは桐の小箱にでもしまっておくことにする。


僕の次のステップはもう始まっている。
妨げになる予備知識は全く不要だ。

僕は相互理解を目指す。
分かりあえるのかどうかという疑問の答えに一歩近づきたい。


芸術は人の理解力を補完する為の最終ツールだと考える。
どこにあってもそれは人を結びつける力になるはずである。


僕には僕らのグループが変化することを期待する声がしっかり届いている。
そういう人たちに会ってきたし、その人たちも僕らの音楽を創造するメンバーである。

音楽が芸術なら、楽器など要らない。
おそらく楽器が必要なのは、その表現を選んだ初期段階においてのみ。
音楽を作る段階にはそれらは表現者の手足になっている。
つまりは一般化された生物だ。

その進化は”作家”という突然変異を生むに至る。

グループは今、その段階であって、確実に着実に進化している。


生まれたての期待感がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月22日 (日)

don't pass me by

僕は、音楽が一番だという人とだけ音楽をやりたい。

演奏をすることだけでなく、どうやってそのグループを軌道に乗せ、どのようにしてその活動を知ってもらうかを共に考え、人の間を走り回ることまでを、僕は”音楽”の活動だと考えている。
だからこれ全てが一番である人と一緒にいたい。


僕はかっこわるいことは絶対にやりたくない。
僕にとってかっこわるいと思えることは、誰もいない暗闇に向かってパフォーマンスを繰り返すことだ。
それでいいなんて絶対に思わない。

こだわりというのは一点においてのみものすごく大事なことで、その他の9割はどうしようもなく凝り固まった邪念だ。

クールにやるということは、その人やそのグループの持つエネルギーが正しく受け手に伝わっている状態でのみ発動するスタイルであって、誰もいないところでまるでそこにこだわっているかのように装って、結局はどこかで見た誰かの真似をやって、何が楽しいというのだ。


音楽は”自分勝手にやれる”表現手段ではないし、”人を孤独にする”システムでもない。
協調によってすべてを紡ぎ、和と輪によって人を結びつける、れっきとした集団芸術だ。

芸術は意味をつけなければ意味などない。
誤解を怖れずに言うが、意味が伴ったとき、不可視の物体は質量を纏って”芸術”となる。
これは不可逆だと僕は考える。

つまり芸術があってあとづけのように意味をつけることはそもそも芸術なんかじゃない。


音楽の核は、人が息をあわせ、繋がり、紡ぐということにある。

作家からメンバーへ、メンバーから受け取り手へ、受け取り手から外の世界へ。
この流れがあって初めて芸術は成立する。
自分たちだけで、あるいはその周囲だけでいいという考えは、そもそも芸術を必要としない。


大きく繋がらなければ作品は完成しないのだ。
自分の自信があって、人の評価があって、人に活力を与え人から力をもらい、人を好きになり人から愛され、人を信じて人から期待されて、そうやって初めて僕らはステージに立ち、そうやって初めて僕らを応援してくれる人たちはともに作品を作る仲間となる。

互いにフィードバックしあい、大きく大きくなって、芸術は自由を獲得する。

自分に都合のいい、ねじ曲がった信念は全く必要ない。
恐怖や不安や疑念を自らの修練で押さえ込み、挑戦し探求し、つねに新天地を目指してやっていくのが活動というものだ。


絵を描けたら絵を書いただろう。
写真が撮れるなら写真を撮っただろう。
詩を詠えるなら詩を書いただろう。


僕は音楽しか出来なくて、でも音楽が出来てよかったと思っている。

哲学があわなくて、きっともう二度と一緒に活動をしないということになった人もいる。
つくれどもつくれども誰にも伝わらず、メンバーにさえ理解されないことなんていつものことだ。
一番好きな音楽が一番嫌いなことになることだってある。

それなのに、僕は”音楽しかできなくてよかった”と思う。
自分を至極中心にして考えるなら、周りの人が絞られてくることを”淘汰”というのかもしれない。
あるいは逆の立場なら、僕は僕から去っていく人たちの世界から切り離されたといえるのかもしれない。


そういう孤独な目にあっても、音楽が僕は一番好きだ。

だから、音楽が一番だという人とだけ、僕は音楽を作りたい。
それだけを毎日考える人と僕は共に歩んでいきたい。

音楽を手に、たくさんの人と繋がろうという意志を持った人と、僕は語り、共に苦悩を分ち、力を尽くして想いを結晶化させていきたい。


通りすがりなんか、大嫌いだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月19日 (木)

the last conversation

随分と長く一緒にやってきた。

音楽にジャンルは関係ない。
僕の構想は、そこにいるメンバーによってかたちを変え、色を変えて、一つの終着点にたどり着く。

創作物は、よほどに気を使って無菌質状態の一人きりで作らない限りは、何らかの影響を受ける。
絵も音楽も映画も、そのすべてが社会的であればあるほど、その時代、その周囲によってかたちが変わる。


僕は、むしろ、無菌室で作られたものこそ人工的で、無味無臭の人畜無害な”プラスティック”だと思っている。
プラスティックはたしかに生活における利便性の向上を果たしたかもしれないが、決して豊かにはしなかった。
たくさんの贋物を生み、目をごまかし、審美眼を人から奪った。

その存在は、皮肉をたっぷり込めた作品の一部に使われ、一方で今も人をだまし続ける。


僕は、たくさんの意思の影響を受けた。

もともとは閉じた人間だった。
自分が思い描いたもののみを信じ、その閉鎖空間でのみ創造されるものを表に出すことで、それがいつか誰かの目に留まればいいと思っているだけだった。

自分の中の自分だけの言葉は、決して誰にも分からない。
たとえ少ない人たちに伝わったとしても、その人たちだけで作り出す空間はまた閉鎖的だ。

分かっている振りをする。
分かり合えた振りをする。
同類の振りをする。
同じ穴の狢のマイノリティー根性だけむくむくと成長させて、自ら枠にはまっておきながらボーダレスを提唱する。


別に、そういうコミュニティがあってもいっこうに構わないが、僕はもうそこにいるのは嫌だ。
同族で群れることの安心感をまるでクールなことのように装い、理解不能な劣等感をマイノリティーの神格化のように扱う習慣には唾を吐きたくなる。


かつて僕は民俗学を学んでいたが、
”脈々と受け継がれてきたものは今は少なく、だからこそ継承された技術は高価だ。
 時代を超えて人々を豊かにしてきたものが、昨今便利だと思っている石油性のものに劣る訳がない”
と、師は述べた。


良き食器には何一つ意味不明のものなど含まれてはいない。
多くの人に触れられ、比較と検証を重ね、今僕らの手に渡る。

それは僕らの作り出す音楽を含む作品も同じだ。
たくさんの人に触れられ、比較と検証を重ね、自らも社会の一員となって意見を作品に込める。


が、難しいことは、”大量生産”可能なものほど人の手に渡りやすく、比較検証されるという現代の仕組みだ。
大きな母集団を抱えることで科学の力でもって、人の”琴線”をも計算可能にしようとしたではないか。


ビジネスは資本主義における神聖な行動だ。
つまり巨大な利益の産出は、宗教における祈りと同等の行いといえなくもない。


しかし僕の宗教はそれじゃない。
僕は昔ながらのやり方だ。

かつて考えていたように気取ったマイノリティーの考えは捨てた。
もし、自分の手がけたものに自信があるのなら、博物館入りの時代錯誤したものではなく、逆に今を生きる人の手に僕自ら触れ、またそういう人たちに触れてもらわねばならない。

僕が意見を言うのであれば、難しい理屈をシンプルに作り変える力をまず僕が持たねばなるまい。

ただ、そう考えた。


ほんとに長くやってきた。
活動を続ける中で、やれメンバーを替えろだの、あいつが足を引っ張ってるだの、あれがいるからいまいち好きになれないだの、リーダーの僕が思うならまだしも、外からの声を聞いては苦悩して、それでも最後には”じゃあ、やってみろよ”の一言で、心ない言葉を踏みつぶしてきた。

おかげで、今、cubic starというグループはおそらく、ようやくその力を伝播できるようになって、人とシェアが出来る環境の土台を作れてきたのだと思うが。


その段階もすぐに最後だ。
一時代であると思う。
今までのcubic starの音楽は、ある意味では完成を見たのだと思う。
だからこその別離であり、新たな挑戦だ。

僕がこのグループでやりたかったことは、こういうと誤解されるかもしれないが、全くもって”これじゃなかった”。
が、僕の音楽感は、今のメンバーもそうだし、以前のメンバーも含めて、その人たちと関わることによってより柔軟になったし、僕が絶対やらなかったプレイスタイルも思考も彼らから学んだ。
これは、時期における”完成”なのだ。
なければ前に進まない、大事な”形態”なのだ。


僕は人のイメージには絶対に左右されない。

たくさんの人に言われた。
”それはお前のスタイルではない。”
”それはお前に似合ってない。”
”それがお前のやりたいことなのか?”

どれも誰かが作った僕に対するイメージから出たものだろう。
が、僕のスタイルはどこにも当てはまらない。

僕が作るものは、今、そこにいる瞬間に対する意見を経験を通して作品に変えるものだ。
練りに練ったアイディアでさえ、旬なものにメタモルフォーゼが叶わないのなら、僕には必要ない。

僕のスタイルは”今”にある。
それこそ長い時間をかけて比較検証して導きだしたもので、だからこそ人との出会いとシェアを真っ先に大切にしたい。

コミュニケーションが遅いことが最も嫌いなことだ。
便利だと思うものに依存して、現代はその速度を落とし、濃度は水のように薄くなった。
少なくとも僕はそう思っている。

だから、芸術が芸術としてあったもとの場所に、芸術を返したい。

最後だ。
今まで作ってきたcubic starの音楽は、リリースしたものを除けば、跡形もなく消える。
音源はその名の通り、”アルバム”と化す。

現メンバーによる最後の創造の現場に、是非自らの想像力を持って参加しにきてほしい。


パフォーマーが創造主ではない。
空間に存在する全ての人の意思でもって作品は完成する。
僕はそう信じている。

http://www.cubista-minimal.com/


989_large_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月17日 (火)

always let me go

特異点はいかなる基準の影響も受けず、過去現在未来を結ぶ唯一の点になる。

どこを通り、どんなことをしても、その点を通らずには時系列を結ぶことはできず、かといってその点自体は時系列を結ぶ為に存在するのではなく、その点そのものがその点であるあるが故に存在する。
なぜそういう状態であり得るのか。


僕らは社会に生きて、人の、社会の、もっと大きくとらえれば、歴史の影響を受ける。
これは必然だ。

カンブリア紀の生命の爆発だって、その全時代には見たこともないような生き物が生まれたが、どのような新種の生命も、突然変異はあれど、その遺伝子はかつての何かからの派生である。

何も見ず、何も聴かず、何も通らずで、何かを作り出そうなどということは不可能だし、それを提唱する偽物に激しい嫌悪感を覚える。

己の満足かなんだか知らないが、孤高の気取りかそれに付随するものか、”マイノリティーである”という認識のひけらかしに無性に腹が立つ。
どうせどんなに括弧でくくったところで、それは特異点にはなりえない。

洒落たふうのことを洒落たふうにやることがものすごく嫌いだし、そういうものの輝き方は途轍もなくいびつで、そのコミュニティーももうどうかしてる。


作りたいものを作るとき、そこには絶対に経過がいる。
つまり”続ける”というなんのことはない、ごく単純で莫迦の一つ覚えのような行動が必要だ。

創造するという行為は連続する時間の中でしか磨かれない。
何か一つでも連続を欠いたなら、もはやそれはものを作るということにはならないのだ。

過去にとらわれることも今や未来にとらわれることも、それは思考の停止であって、連続を断つものだ。


”今のままで満足か”と唐突にきかれた。
答えは2つだ。

その答えの1つは、”今までは”満足していようがしていなかろうが、もはや関係ない、ということ。
時間が経過したという物理的な状況は変えられない。
だが、過去は現在によってその意味や価値を変えることができる。

”今”といった瞬間に過去になるのだから、当然のようにそんなものやことに興味はない。
この瞬間の価値はいつでも変えられる。

そもそも今出来なければ満足する訳がない。
それからこれまでにおこなってきた自分の活動や経験は、それがどんなに糞のようなものでも、それこそその時点からの未来において意味合いが変わる。

はっきり言っておくが、これまでの自分を含めた、誰の何に対する行動や、言動において、僕は一切満足していない。

”今のまま、あるいは今までは満足か”という問いは、幾度となく、いろんな人にきかれてきた。
その度にいつも思う。
”では不満だと答えることを期待している人に、僕が不満だと答えたなら、その人は今のままで満足なのか”。

満足だろうが不満だろうが、どちらにせよそれはひどく主観的な意見だ。
いつ、どんなときにおいても、自分の場所は自分で見つけ出さねばならず、自分の向上と経験とに飢えているべきで、そうあることが作家であって、大体、理想もなければ自分の時代を自分で生き抜けない。


僕は、今の飢えた自分に満足している。
やりたいことだけをやるようなクソガキを一生通していこうなんてさらさら思わない。
僕は見たことないことや知らないことをやりたい。
僕の頭の中にあるものはたくさんの物事の集合体だ。
ひとつひとつとれば、所詮は経験によるパーツだから、どこかで見たことのあるような、または聴いたことあるような、味わったことのあるようなものだろう。

が、集合体は細胞のように新しい一つの生命になりうる。
全ては経験だ。

ただ、僕という核は、僕自身であって、どんな基準にも影響を受けない。
素材を選び、収集し、組み替えていくことは何かの影響を受けることがあっても、そこに何らかの普遍性を見出そうと考えるなら、それは特異点だ。
その複雑な経路こそ僕の核だ。

常にテーマにあるのは”普遍性”なのだ。
100人いたら100人が好きになるものが普遍性なんかじゃない。
時間を超え、思想を超越するのが普遍性であって、様々な哲学を飲み込み様々な側面をみせるから、一験何の影響も受けないように見えるものこそ特異点である。
目に見えないほどの影響は、文字通り目に見えない。
無限大はつまり無に限りなく近い。


僕は、自分で我慢ならないものを自らの手で作り出してきた。
同時に、もう今しか作れないものも作り出してきた。

時間の経過という最後の要因があって初めて完成されるものを作ろうとすれば、上記の2つは同じものということになる。
なぜなら、現在という進行する時間軸の上において、その意味は変化するからだ。


満足などという言葉は、通過儀礼だ。
行き過ぎる道に迷わぬように石を置いただけに他ならない。
これが出来ないようじゃ、まず持ってダメだ。
自己満足すら出来ない人間に、誰が期待などするものか。
己の評価を下せない人間は、つまりは盲目だということだろう。
人には必ず何かしら出来ることがあるはずだ。


そして、自己満足などという幼稚な時期はとっくの昔に過ぎた。
亡者に手を貸す暇はもうない。


次の舞台では僕はまっすぐに理想を追う。
もう誰かを待ったりはしない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 3日 (火)

流転

こだわりなんてものの多くは途轍もなくくだらない。
流れる向きが変わったらそれに従ってさっさと流れを変えるのが世の中というものだ。

徹底されなければ、意味をなさないのだ。


つまり僕は、途轍もなくくだらない人間ということになる。
こだわろうとするからだ。

辞めてしまえばいい、変えてしまえばいい、そう思うのになぜこの道をひた進むのか。

求道とはほんとに莫迦の仕業だと思っている。
しかもそれで周りが見えなくなったら、今度は莫迦に哀れまれるほどの屑と化す。

歌い手が変わったとき、僕は僕のままで聴こえる音も見える景色も違う。
旅の仕方のこだわりは、つまり道の歩き方のこだわりだ。

こういうことがやりたい為に、ただただ常に誰かと分かり合いたいがために、こだわり続けて、しがみついてきた。

決して格好のいいことではないけど、格好のつけようもないほどとにかく作ることをしたかった。

いろんなことがあって、いろいろな思い出を残して、世田谷を去った。
別に何かの終わりをそのことが示している訳ではない。
むしろあれだけ悩んで本気で活動を辞めて帰ってしまおうと思っていたことから考えると、新しい一歩を踏み出したと考えた方がいいようだ。


習志野は音楽の町だ。
日中、暑い中、窓を開けて作業机を作り、CDラックにくぎを打つ頃、外から吹奏楽の練習の音が聴こえてきた。


運命は誰にも分からない。
どこで誰に会うかも、どこで生かされ、また命を失うかも、誰も知ることはできない。

だから莫迦だといわれようが、最低だといわれようが、理解されなかろうが、ずっとずっとこだわり続けてるのだと思う。


今はここにいる。
これが終の住処になればいいと思う。

どんなにそう強く願っても、もしかしたらまたいつか一歩を踏み出さねば行けない時が来るかもしれない。
それでも今だけは、安定に溺れていたいと思う。


いよいよでこぼこな人生になってしまったな。
いや、笑える、情けなくて。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »