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2012年6月16日 (土)

coming home

暗闇に向かってパフォーマンスし続けることが嫌だった。
マイノリティーであることを鼻にかけるように、マニアックな性質のせいにすることも嫌だった。
地下におし込められてその文化の中で満足することも、自己の追求だとかぬかしてぬるい自己陶酔に浸る自慰行為も、吐き気がするほど嫌だった。


”落ち着く所”はそこにいるだけで満足できるあたたかい場所であると同時に、そこでならそれなりにやっていけるという甘い思想に野心を絡めとられる場所でもある。


2011年の5月に、僕は、正確には”僕ら”と言った方がいいだろうが、cubic starはホームを離れ、業界に近い所で接近戦をすると宣言した。


辛い戦いとなった。
もしかしたら、本来は営業活動のようなものをきちんと時間をかけておこないながら活動してこなければならなかったのかもしれない。

外に出てみれば、僕らのことはほとんど誰も知らなかった。
どんなに修練を重ねても、どんなに曲を作っても、どんなにライブの本数を入れても、僕らのことを知らないのだから、誰も見向きもしない。

そもそも僕の友人ですら僕の活動を知らなかった。

僕は一体これまで何をしてきたのか。
いいものを作れば、もちろん評価はされるであろう。

が、それは”人に知られれば”の話だ。
知らないものに誰が評価を下す?
それはこの世に存在しないものに等しいかったのだ。


音楽は、おそらく絵画や写真と違って、”演奏する”という行為そのものにも肉体的快楽があるものだ。
誰かがそれを見てようが見ていなかろうが、”ライブをやる”ということでだけで満足ができる。
いや、満足だと錯覚できる。


目を凝らすと、フロアは真っ暗だった。
狐につままれたように、幻視していた受け手や理解者は脳内の中だけのものだった。


素晴らしいパフォーマーを擁した自分たちのグループが、なぜ誰からも支持されないのか?
なぜ、メンバー全員が愛されないのか?
僕は、ほんとにそれが嫌だった。


僕のそんな過剰な思いは、メンバーに重責を課すことになったのだろう。
彼らは音楽を演奏するということ以外に力を使い、きっと酷い疲労に見舞われたに違いない。

この一年間で僕はたくさんのものを失った。
大事な理解者は僕の元を去り、心優しき仲間もたくさんいなくなった。
人と激突を繰り返し、葛藤し、決断を迫り、無理難題を押し付け、僕自身も続けられなくなるかもしれない崖っぷちに立った。

ただ、そんな中にもひとつだけ、ずっと思い続けたことがある。


革命が起こるときは、無傷で済むものなのか?
平和解決ができるほど、今の世の中は柔軟なのか?

思い続けてきた思いはいつも振り出しであって、いつも新鮮なままだ。

”変える”
ということ。


つまりはグループの独立と、一つの生き物のような存在のあり方。
歴史的に見ても、音楽のグループがそこに到達した例はまだない。
僕らメンバー一人一人が”器官”であるということが、変革をなす重要なコンセプト。
器官は一つとして欠けることは許されない。

複合体となってはじめて一人の人となるように、グループが真に一つになることを夢見た。
それでようやく哲学にたどり着く。

芸術とは作品そのものではなく、それをやるための”哲学”だ。

例えば、いい曲はそこに哲学があってはじめていい曲になる。
自分にとっていいものではなく、自己と他者とを結ぶ架け橋である時、しかもそれが日々の研鑽によって磨かれ、社会や思想や歴史を飲み込んで、人をその哲学の渦に巻き込んだとき、その作家ははじめて独立し、その人の生み出したものは社会を成り立たせる一人の人間としての意見の結晶のように芸術品となる。


反発があってしかるべきである。
しかし、同時に旧世代のやり口を自分たちで徹底的にまねてみることも、その弱点をを見つけ出す最も効果的な方法である。


弱きものなどになってほしくない。
自己満足で人生を終えるほど小さな存在であってほしくない。
苦労や苦悩の陰に夢や希望があって、その陰の中から力を尽くして這い出て、光の当たる場所を手に入れるという”夢”を実現させる、その希望を背負えるグループにしたい。

好きなことをやるには、まず自分たちで荒れ野を切り開くことからはじめねばなるまい。

業界は死んでいた。
僕は一年で十分にそれを知った。
代償はとてつもなく大きかった。
僕が焦り、迷ったせいだ。
誰にも言えず、自分は独りきりだと思ったせいだ。


あの宣言をしてから2012年の6/15までの間に、グループは似て非なるものへと姿を変えた。


誰もいなかったフロアに、人が集まり出した。
嘘をつけない正直な熱気がある。
グループ8人が作り出す空間じゃなくて、空間にいる人全員が次の時限の空間を作り出している感覚がある。

パフォーマーはいわば”燃料”にすぎない。
火をつけるのは受け手である。
注がれる火が多ければ多いほど、燃料は強力な放熱をみせるものだ。

もしパフォーマーがそのくべられる火に気づかなかったとしたら、もう莫迦としか言いようがない。
もはやその手段を取り上げられるのを待つだけのみになるだろう。
燃料は燃えるべくして燃えるものだ。

人がいてこその”芸術”なのだ。
”高い芸術性”などという、間違った日本語は捨て去られるべきだ。

僕らは、cubic starは、ホームに戻ってきた。
三軒茶屋のグレープフルーツムーンが僕らのホームだ。

新しい仲間を加えて戻ってきた。


僕という人間は、決して分かりやすい部類の人種ではないと思う。
信頼なんてそう簡単にみんなできるものではなかっただろう。
疑われても当然だった。
なにせ自分のことを話すのが”大嫌い”だ。


そんな僕につきあってくれることに感謝するし、そんな仲間を僕は本当に愛している。

ここはまた新しい旅路の出発点。

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