« from ideas to actions その3 "loveless" | トップページ | the end »

2012年5月10日 (木)

nothing in my hands

なぜ、何かを生み出そうとするのか。
なぜわざわざ人前に立って物を言おうとするのか。


僕が弱い人間だからだ。
強い人間であるなら、僕は部屋に閉じこもって自分の内側に向かって疑問を投げかけたり、こうでありたいと願いながら作品を織っていくようなことはしなかっただろう。


”こういうものが聴きたい。”
”こういうふうにならないのか?”
”昔の方がよかった。”
”もっとこうすればいいのに。”

それは僕にとっては期待ではない。
僕は生きるという上で、いつも過去を捨てて、いつも前に進んでいる。
来た道を振り返ることはしない。
反省は個人のものだ。僕一人でやる。


好きなものを聴きたきゃ、好きなものを聴けばいい。
僕が作るものは、まず僕のものだ。

昔の方がよかったというのなら、なぜそのときには聴きにこなかった?
理解しようとしてはくれなかったのだ?


そして、それを今の僕が、そういったことに対して”どうして?”ということによって何か変わるのか?
変わるわけがない。


後退などは、僕が”僕は生きている”と自覚しているなら、するはずない。

全てに疲れ、誰も信用できなくなって、”もう活動はやめるんだ”と僕が口にしたのは、決して冗談なんかじゃなかった。

”ありえない”ってなんだ?
ありえんだよ。


無尽蔵に精神的なエネルギーを発せるわけではないのだ。
無神経に発せられた言葉や態度に僕は疲れた。
それが信用していると思っていた人ならなおさらだ。


僕は、たとえば誰かが持ってしまった”僕”のイメージとは、全然違う。
理解を望むことは難しいどころか、無駄だと思った。

理想はあくまで個人の妄想である。
押し付けられる義理もないし、こちらからもそんなもの押し付ける気など毛頭ない。


物を作る人間は、いや少なくとも僕は、壊れやすく脆い。
それすらも分かってはもらえないだろうが。

自己犠牲なくして、”力を貸す”なんて軽々しく口にするもんじゃない。
こうすればよくなるなんて言うもんじゃない。

僕にはそれはノイズだ。


ただ、物理的にではなく、真にいつも僕の側にいて、僕を導き、手を差し伸べ、自分を犠牲にしてまで掴んだ手を強く握り続けてくれる人たちに、どう恩を返せばいいのかと悩む。

要は、僕にはまだ、何もできないということか。

|

« from ideas to actions その3 "loveless" | トップページ | the end »

普段」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/482886/45201136

この記事へのトラックバック一覧です: nothing in my hands:

« from ideas to actions その3 "loveless" | トップページ | the end »