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2012年4月

2012年4月28日 (土)

from ideas to actions その2 "falling into infinity"

今日は一日雨だった。
暖かくなれば寒くなり、寒いと思うとあっという間に暑くなる。


書きためたCDレヴュー集をまとめ、自分の創作との接点を見つけるコラムシリーズ、今回は2回目。
ポピュラーミュージックの発展における最大の要素がリズムであるととらえるきっかけとなった作品について書いてみようと思う。




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ピンクフロイド、イエス、などなど、多くのレコードジャケットをはじめ、様々なシュールアートワークで人々を魅了したヒプノシスによるジャケットが目を引く、現代プログレッシヴグループの代名詞ドリームシアターの”falling into infinity”。

ドリームシアターファンにとっては迷作に突っ込まれる作品だが、僕は彼らの作品の中で今もって一番の作品だと思っているアルバムだ。

上記したように、僕個人が”これが新しい”と思える要素として、やはりリズムが大きな要因である。

シンプルなエイトビートを解体し変則的に再構築して、さらに変拍子にまで持っていくというアイディアでメロディーまで支配するドリームシアター的創作論が、このアルバムでは実にいいバランスでメロディーとリズムが均衡を保っている。

僕に新しい考えをもたらしたのはそこの部分だ。

歌を言葉だと考えるなら、言葉には本来決まったリズムがない為に周期を作る必要がないわけだから、その考えでいくと”歌には拍が必要ない”といえなくもない。

たとえば短歌に見られるように、三十一文字という決まった制限の中で言葉を編むことを音楽とするなら、そこに拍があり小節が生まれるわけだが、5、7、5、7、7という変則的な拍子がそもそも言葉の美しさを際立たせるという思いによって生まれたものであることを、”falling into~”に含まれる”リlines in the sand”はしっかりと思い出させてくれた。


音楽には必ず呼吸がある。
それは人間の場合、”言葉を発する”際の息継ぎに等しい。
歌を歌わない楽器奏者でもこの呼吸が大切だ。

呼吸のないものは歌にはならず、歌にならないものは音楽にならない。
それはもはや”ノイズ”だ。

変拍子という特殊な意識はいらず、言葉に寄り添うリズムこそ元来音楽に最も必要な要素で、強進行する作り上げられたリズムではなく、呼吸することからリズムをとらえる有機的な感覚が大事なのであり、このアルバムにはその感覚がほんとにたくさん散りばめられている。

cubic starの作品に限らず、その他のバンドや、サポートの仕事をするときも、こういった自由と有機の感覚を持って演奏できるようになったのは、このアルバムの分析によるものかもしれない。

僕は息をすることを覚えた。
それは大きく僕の歌を変化させる。


その3につづく。

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2012年4月26日 (木)

from ideas to actions その1"In the Court of the Crimson King "

個人の意識はどう形にしたって分かりにくいものである。

具体化された表現物を人がどうとらえるか考えた時、まずはその人の経験に近いところと結びつけることが常であるようだ。

僕は、”分かりにくいものはどこまでいっても分かりやすくはならない”と思っている。
だからこそそこに考える余地が生まれ、破壊され、再構築され、常に新陳代謝を繰り返すことができると思うのだ。

普遍的はすなわち”時代を超えて新陳代謝を永遠に繰り返すことができるもの”と意味付けても、大きくその意味がそれることはあるまい。


絵画の歴史は美術史として非常によく編纂されているが、音楽の歴史は実は明瞭なものが少ない。
それというのも、やはり飽くまでも音楽は耳で聞くものであり、本来は”無形の文化”であるからだろう。
譜面が残っているとはいえ、真にそのサウンドが奏でられることはない。

クラシックならまだ系譜で並べることもややできるが、ポピュラー音楽史となるとほとんど手つかずの状態で、ロックにおいては時系列があれど、もはや系譜は意味不明とまでなる。

音はまさに一期一会だ。
そのとき、そこを逃せば記憶から消え、運がよければ偶然にすれ違う。

僕の今を僕自身がまず知る為だが、それは内なる目的として、本来の目的に”今へのアクセス”と銘打って、自分がどこからどのようにアイディアを得て作家活動に至ったのかをまとめてみようと思う。

質問や疑問を受けることは大好きだ。
よく聞かれる質問に”アイディアの元はなに?”というのがある。
それに対する答えを断続的にシリーズ化して、ここでは書いていってみようと思う。

それとともに、簡単な系譜のように、何らかの関係性が様々なジャンルの中に生まれ、聞いたことのなかったもの、すれ違い忘れ去られていたもの、懐かしいものなどなど、発見、再発見をし、ディープに楽しく音楽のことに興味を持ってくれるようになればいいなぁと思う。

初回となる今回は、比較的多くの人が知っているもので、その後に大きな影響を与え、それ以前にも目を向けさせた、king crimsonの”In the Court of the Crimson King ”と、僕の創作活動の接点を記してみようと思う。



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69年、突如として現れ、あっという間にそのスタイルを築いたキングクリムゾン。
クラシックやフォークといった民族的な要素をたっぷりと含んだ音楽が見事にロックと融合する。

自由度の高い演奏スタイルと、即興性を強く持った曲構造に強く魅かれ、今でもそれはcubic starとしての作曲にも大きな影響を及ぼしている。

”作る”ということは自由なことである。
そこに本来縛りはない。
が、自由はカオスを約束するものではない。
定型において破壊と構築を繰り返すからこそ、自由が浮き彫りになる。

このアルバムエンディング前を飾る”moon child”には、僕の”グループにおける作曲方法”の原点があり、それはアンサンブルという考えに寄り添い、人が知と技を結集し何を作り出せるのかを克明に描き出している。


一人ではできないことを人と人とで紡いでいく。
これがアンサンブルだ。
自由はとても美しく自由たりうる。


ドラム演奏者としての観点から見ると、この時期のドラマーであるマイケル・ジャイルズの変則的なアプローチが実に有機的で大好きだ。

技術的なことよりも、そのアイディアが圧倒的に面白い。
小節という決まった枠の中に叩き込まれる非常にトリッキーな音のならびは、今もって新たなリズムの可能性を示している。

maikotobrancoやジャズの演奏における僕の奏法は、アイディアのもととしてジャイルズのアプローチが間違いなく基盤になっている。

のちにこれは僕の中でエレクトロニカの発見へと繋がる。
またここから”打楽器、あるいはリズムと歌”深い繋がりを考えていくことになる。


その2へつづく。


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2012年4月22日 (日)

Requiem for the butterfly

もう4月も終わろうというのに、相変わらず寒い。

桜も散り、葉は夏に向かって緑を増していく。
とてもきれいだ。


まだ蝶が出てくる時期ではないかもだが、あのひらひらと舞う蝶を見ると”再生”という言葉が真っ先に頭に浮かぶ。

一つの人生の中で、明らかに目に見える死と再生を成すその存在に、一つの答えを見る。


常識と思うことを簡単に覆すように、奇妙奇天烈なかたちの地を這う青蟲から、美しい羽を広げる空の住人に生まれ変わるというその流れは、希望であり、夢であり、僕が作家として考える”普遍的なものを作る”という理想における一つの答えだ。

僕もまた生きる道の中で何度となく死に、何度となく生まれ変わる。
次こそ空を飛べることを夢見て、何度もさなぎになる。


レクイエムを書いている。
変化していく為に死に別れる自分へ、である。

一つ一つ”憧れ”という古い殻を脱いで、次のかたちへと生まれ変わる。
その抜け殻へ、だ。

かつて自分であったものは、記憶としてはとても曖昧なものだ。
たとえばその時の苦悩だったり、惨めな思いだったり、痛みだったり、そういったものはおそらく忘れるだろう。

空へあがれば、”地を這うもの”を見下ろすからだ。


だから、空を飛ぶときは、一人であってはならない。
自分一人だけが空を飛ぶことを覚えてはいけない。

僕は絶対に空から地を這うものを見下ろしたりはしない。
みんなを連れて行きたいのだ。

だからレクイエムを書く。


蝶と鎮魂歌は、矛盾するものだと思っている。
互いは”再生”と”帰らぬもの”のシンボルだ。

蝶に鎮魂歌を捧げるのは馬鹿げていると思われるかもしれない。

が、蝶は”導き手”である。
人を導き、人に自由を与えたら、おそらく自らは力尽きて地に落ちるだろう。

再び痛みを知る。
再び地を這う。
でもきっと、再び空を手に入れる。

さなぎになる瞬間、身体が生命のスープになる瞬間に思う。
”再び生まれ変わって、全ての記憶を失っても、絶対に一人では飛ばないということだけは覚えていたい”。

さなぎの先はどうなるか分からない。
そもそも再生するのか、地を這った苦悩とともに地に溶けるか。

5月は再生のときかもしれない。
そうでないかもしれない。
ただ、再び動き出したら、空を飛ぶことにはなるだろう。

cubic starでひと月に3本の演奏は前代未聞だ。
そのどれもがとても重要なものだと思う。

是非見に来てほしい。
空高くへと連れて行くことを約束する。





『cubic star minimal orchestra』
■ 5.9 wed. at shimokitazawa THREE ■
open 18:30/start 19:00
ticket adv.¥2500 (+1d ) / door.¥2800 (+1d )

イーヨ・イディオット / Giulietta Machine / onsenth trio / cubic star minimal orchestra

■ 5.15 tue. at yokohama CLUB LIZARD ■

詳細未定

■ 5.17 thu. at shibuya LUSH ■
TEX & Sun Flower Seed presents『RITMO SOLAR』
open 18:00 / ticket adv.¥2000 (+1d ) / door.¥2500 (+1d )

ACT: TEX & Sun Flower Seed , cubic star minimal orchestra , & Special guests

DJ: KAZ SUDO (CARIBBEAN DANDY) , TXAKO (JAPONICUS) 他

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2012年4月19日 (木)

絶対悪概論 

”光ある限り闇もまたある。
わしには見えるのだ。
再び何者かが闇から現れよう。
だがその時はお前は年老いて生きてはいまい。”


世代的に、知ってる人はたくさんいるだろう。
隠すこともない、ドラゴンクエストシリーズの最高傑作と名高い、3作目の最凶の魔王ゾーマの散り際の台詞である。

とにかく、悪い。
勇者の力及ばぬところでの復活を予言し、目に見えぬ未来に絶望を抱かせる。
勝利と平和の為に戦い、今ようやくそれを手に入れたばかりの勇者に、だ。


子どもだった僕にとっては、彼は生まれながらにしての悪であり、世界の支配の理由もわからず、とにかく理不尽なワルであった。

悪いということに意味などない。
彼らは”悪”というロールを背負って生まれることによって世界と繋がっている。
だから、その台詞には悟りがある。
”光りある限り闇もある”と。

様々な物語あれど、この光と闇の関係を物語において意識させたのは、このドラゴンクエスト3がはじめてだったのではないだろうか。


大人になるまでは分からなかったが、生まれながらにしての悪を司るキャラクターというのは至極魅力的だ。


”絶対悪”は角度を変えると”絶対正義”にも変わる。
光と闇の闘争におけるそれぞれの立場のあり方は、人種差別や宗教闘争と同じように、己のロールにしたがって動く世界の理を明確に示している。


たとえばスターウォーズにおける”ダース・シディアス”。
物語を通して、暗く重く影を落とし、自らは直接動くことは少なく、闇そのものを纏っている。
理不尽な力と理不尽な支配欲が、どうにも人を魅了する。


たとえばバットマンにおける”ジョーカー”。
行動の原動力が”正義に対する悪”。
アメコミの方では、彼の悪への芽生えがトラウマ的に描かれて入るが、映画を見る以上(おそらく意図的にカットされたのだろうが)、生まれながらにしての悪の役割を果たしている。
圧倒的に強く、知力も遥かに主人公を凌ぐ。


たとえばドラゴンボールにおける”フリーザ”。
宇宙最強の強さを持ち、それ故に支配をすることでしか世界と繋がれない。
アンバランスな存在でありながら、圧倒的な存在感と恐怖。


たとえばワンピースにおける”ホーディージョーンズ”。
人種差別の域を超え、一人種の滅亡の為だけのロールを背負い、己の死をもその目標の一部であるとする。
中身などない、理由などない、理解不能、理不尽な悪。


その他、”生まれながらにして悪”を背負うキャラクターがいるが、それらが総じて魅力的なのは”自我の芽生えを自爆装置として作動させる”ことにある。

圧倒的な力が、自我によってリミッターをかけられる。
自我はこの場合、人格ととらえればよいか。

野性的な無自我は、まさにマシンのように正確に悪として成立する。
が、自我の芽生えは”己の役割を知る”ことを強要する。

そこには苦悩があり、それは弱さになる。


勇者の剣によって敗れ、大魔王ゾーマは自らの死を自覚する。
”自分は敗れたのだ”と。
そこに妙な人間くささというか何というか、そういうものがにじみ出ていて、最強のライバルを失う寂しさを味わう。
ゾーマがいてこその冒険と挑戦だったのだ。


人は誰しも、”絶対悪”に憧れるのかもしれない。
強くなりたい、圧倒的でありたい、力でねじ伏せたい。


幻想が最強最悪の悪を生み出す。
それこそ想像力の限りを尽くして。

悪を完全なものにしようとするとき、それがいかに想像するのが難しいかを知る。
”悪とは何か”は、必ず裏側に”正義とは何か”を伴うからだ。


そういう生まれながらにして悪のキャラクターが最近はとんと減った。

昔はいいやつだったが、トラウマによって悪の道を歩む、ってな具合の、巷のニュースでありそうな、言ってしまえばよりリアルなものばかりが幅を利かせる。

悪も正義もない、つまりは哲学の消失。


僕らは幼き頃から、自然に哲学を叩き込まれていたのかもしれない。
漫画、ゲーム、映画、そういう楽しみの中から生きることの意味をすこしずつすこしずつ学んできたのだろう。


もう一度、読み返したり、やってみたりするといい。
ああ、ものを作る人たちは、自らのたくさんの夢と希望を僕らに託そうとしていたのか。
そんなことに今さら気がつく。

こんどは僕らがそれを生み出す時代だ。
つまらないなんていわせていてはまだまだ駄目だなぁ。

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2012年4月16日 (月)

liberty

見えてくるものには目を閉ざした方が楽で、聴こえてくるものには耳を閉ざした方が楽で、感じるものには不感症になった方が楽で、結局なにも手にしない方が楽で、それに慣れたら飽きることにも飽きる。


刺激を優先する世の中はどんどんエクストリームになって、子どものときはちょっとしたことでも楽しめたのに、年をとれば取るほど周囲のものが当たり前になって、守ることばかりが多くなって、山に秘密基地を作るようなあの未知への憧れはなくなって、与えられるものとできることだけで満足する。

全てが新鮮で、知ることに忙しくて、喋ることに夢中になって、飛ぶように時間が過ぎたあの頃は、きっとほんとに時間が短かったのだろう。


僕は、退屈にはいつまでも慣れない。
やるべきことがただ生きることに直結しているだけの時間がつまらない。


身の危険を知らないわけではない。
それを侵して、進入禁止のフェンスをよじ上り、死ぬ気で遊んで気絶するように寝る時期が僕にもあった。


世界の手がとまり足が止まっているように見える。
反省が生き甲斐で、失敗を怖れ、未知に怯える。
たくさんのことが、今はそういうふうに、僕の目に映る。


僕はテストに悪かったことに一度たりとも反省なんかしたことなんてない。
怒られたってすぐ忘れる。

僕は自分の興味のあることに忙しかった。
その時も、そして今も、それが全てで、邪魔するものは全て排除したいと考えるし、その為にあのときと同じようにフェンスをよじ上る。


人生の上でひたすらだらだらとしている。
目的のようなものは特になく、ただ夢を見ている。
個人の妄想は野生の獣の突発的な行動ように、誰からも理解されないものだ。
テリトリーに土足で入り込んだものに、全力で牙を突き立てる。

それが”解放”というものではなかったか?


感覚は不和の為の存在してるのではない。
慣れる為にあるのではない。

自由を知る為にあるものだ。

欲望にかられたものではなく、束縛の対極にあるものでもなく、真に”自由を求める為の自由”のためにあるものだ。


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2012年4月13日 (金)

一番分かってほしい、伝えたい人にこそ、思いは伝わらないものだ。


創作は矛盾の嵐だ。
”こういうものを作りたい”という考えとは裏腹に、求められるものであったり、”今”を感じ取ってそれを切り取ったものを作品に封じ込める。

時間の壁や世代の壁を貫通するだけの力は今の僕にはまだ備わっていないようだ。


未来を見る方が簡単だ。
自分が歩いていく方向に何かがある。
自分の力で変えることができる。


が、過去は変えられない。
出来上がってしまった事実、価値観、常識といわれる鉄壁の既成概念の前にいつも跪く。


今が別に正義ではない。
人は過去から今に生きている。
過去が人をつくる。


わかっているよ、ときに僕が作るものが極端に尖ったものになってることも。

でも、僕は思う。
”人の想像力はカオスであり、凶暴である”と。

だからこそそれに抗うように、必死でメロディーを紡ぎ出す。
自分にしか分からない秘密の言葉のように、泥沼の想像の中から宝石を見つけ出すように。

芸術とは、これほどまでに誤解を生み、悲しみと孤独を生み、それでもなお自分を縛り付ける呪のようなものか。

運命が僕からそれを取り上げるなら、自動的に僕は活動を続けられなくなるだろう。
が、取り上げられるも何も、むしろ呪いのように、それは僕のそばにある。

いつも僕の苦悩の源となり、孤独の種となる。

が、ただ一つ言えることは、この手段でしか、僕は人と繋がれない。
これまでも、多分これからも。


僕は結局僕の音楽しか奏でられないということだ。
己が不器用であることを呪う。

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2012年4月11日 (水)

パラドックスの探求

”かっこわるいこと”とはなんだろうか。
自分の置かれている環境だろうか、誰かが作った与えられる出来合いのものだろうか?

僕は”かっこわるいもの”には絶対に近づきたくないし、”かっこわるいこと”は絶対にやらない。
それは今も変わらない。


ダサいこと、かっこわるいことの、僕の定義は、”負けること”だ。
力のなかったかつての自分は、はなから負けると分かるものには近づかなかった。
”かっこわるいもの”には近づきたくなかった。

泥まみれになるのが嫌だった。
汗をかくことは恥だった。
齧り付いて、出来ないことを必死にやるのを人に見られたくはなかった。

そう思うと、いつも手が止まり、足がすくむ。

”かっこわるいこと”が怖い。
一度かっこわるいことをすれば、もう自分は戻ってこられなくなる。
そう思っていた。


でも、いままで何度僕はかっこわるいことをしてきたのか。
むしろ、かっこいい時なんてあっただろうか。

ピアノは女の子のやるものだと言って、ほんとは練習が嫌だったからやめただけだ。
勉強が嫌で、大学に行くのはクールじゃないから専門的に何かを学びたいと口走った。

いつから変わったのかは分からない。
もしかしたら変わってないのかもしれない。

負けず嫌いだった。
”負ける”のが嫌いだ。
変わってない。


大学を卒業して音大に入ろうと決めたときも怖かった。
周りの受験者は10代。
それなのに20代の半ばの僕なんかより周りはずっとうまかった。

恥ずかしく、怖い。
その場所での僕は途方もなく”ダサい”はずだった。

そのはずなのに、そこで泥まみれになって、一心不乱に練習して、しつこいくらいに自分の曲について先生に質問にいって、とにかく必死に必死に。

若い周りは学生たちはどんどん先へ行く。
僕は牛歩だ。
プライドという言葉はもうとっくに忘れた。

環境のせいにして、戦うことから逃げてきた自分が、どうしてそこまでその場所にこだわったのかはそのときには分からなかった。





分かれ道がくるたびにいつも考える。
”かっこわるいこと”とは何か?

今出せる答えは、”逃げる選択をすること”だ。
売られた喧嘩を買わずに、その場を去ることだ。

もしほんとに己に力があるなら、いかなる環境も場所も人も時代も、必ず変えられるはずだ。
別の力にねじ曲げられることなく、自分がクールと思える立ち姿で立っていられるのではないか。

やりたいことを貫く為には必ずやりたくないことが来る。
が、そのやりたくないことでさえ、自分に力があればかならずクールにねじ伏せられるんじゃないか。

やりたくないことこそ、売られた喧嘩だ。

力でねじ伏せて、時代を変えたい。
夢は夢で終わらせたくない。

僕が、僕らがもし自らの力でそのきっかけのかけらでも掴めたら、きっと退屈な時代は変わる。


逆説こそ信念の先にあるものだ。
泥沼にこそ探していたものが埋まっている。

力があるなら、僕らがいるところが渦の中心で、僕たちが”時代”のはずだ。

その場所は絶対”かっこわるいところ”ではないし、そうあってはいけない。

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2012年4月 8日 (日)

幼い頃は、与えられたものを一心にこなし、それをクリアすれば次のステップがあった。
いわゆる”努力が実る”という状態だ。
できる=クリアの式が成り立っている。

不安は、”できるようになる”ことで解消され、それによって自分の成長が分かる。


大人になるとそれはない。
たくさんのやるべきことがあり、一つのことのみに集中する時間もなくなり、努力すれどもすれども成功は遠く、そのうちに自分のやってることが分からなくなる。
こなすことで精一杯になれば、あるいは目先の利益に飛びつけば、己の価値を自ら貶め、気付けばもはや這い上がることも叶わなくなる。


”チャンスは一度”だと、いつも思う。
一瞬噛み合った歯車を見送れば、その輪が大きければ多きほど、つまりそのチャンスの価値が大きければ多きほど、人生においてもう噛み合うときはない。


”才能”は身体能力ではない。
感じ取る力であり、理解する能力である。

誰しも最初はその芽を持っており、環境や経験とともに、”失う”ことになる。
そう、”失う”ものだ。

運などではない。
自分の決断力や直感力の弱さが、その大事な芽を摘み取る方を”選択”する。


間違った選択をおこなおうとしているとき、僕の頭はどこかでひりひりする。
そっちのいってはいけないと、声が聞こえるようだ。
それでも誰かと関わって生きていこうと思えば、自らその危機の中へ飛び込むことが、むしろその方が多い。

誰かのせいではなく、それこそ僕の”選択”だ。

独りを選んで邁進する友人を見ると、羨ましさよりなにより、やっぱり自分自身の心の弱さや力のなさに辟易する。
一人では何もできないという弱さが無性に悔しい。


不安の解消法などない。
”不安のために練習し、音楽を聴くことで癒される”なんてことは、パフォーマーとしても作家としてもそのプライドを地の底まで貶めるような言動だ。

そりゃ、素人の言い分だろう。

不安だから練習するんなら、一生練習だけやってりゃいい。
趣味だ。

聴いて癒されるんなら、そりゃリスナーでいい。
わざわざ人前に立つ必要はない。

ま、いろんな考え方があるだろうが、もしそんなんなら、大事な他人の時間や財産をかすめ取るようにして活動すんなと叫びたくなる。


芸術家はそんなにかっこわるくない。
もっと強く、もっと人に希望を与えられる存在のはずだ。

自らの決断が、誰かのエネルギーに変化されるといい。
そのエネルギーが返ってきてはじめて、力のフィードバックが成立する。


巨大な力は絶対に独りじゃ生み出せない。
が、独りではない選択をすれば巨大なリスクも同時に背負う。

その渦の中でたくさんの意志が消えていくことになる。
自分もその危険性を抱えている。


力が欲しいといつも思う。

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2012年4月 7日 (土)

Mの系譜

寒暖差の激しい今時分だ。
まだ雪が降ってる地方もあるらしい。

東京に出てきた14年前、W大学の入学式の時、雪が降り、場所によっては雹まで降って、車に孔をあけていることがニュースで報じられていた。

あのとき、何を思っていたのか、もう分からなくなってきている。

いろいろなことがあり、いろいろな人と会い、いろいろな人と別れ、幸せになりたいと思いながら、手に入れたとたんにとっととそれをたたき壊して、退屈になったら猛烈に喧嘩をし、理想と現実の間でゆれ、今いる場所はまだまだアガルタまでほど遠い。


久々にまた人に会った。
長い時間語らうのは何年ぶりだろうか。

僕より9つも歳下でありながら、はじめて出会ったときにその持てる力に痺れた。

カオスの波をくぐり抜けて、久々に会ったその人の表情は、数段大人びていて、強烈に自信に満ちたもだった。


変な言い方だが、”喧嘩のできるやつ”だ。
殴ったら嬉々として殴り返してくるやつが、僕は好きである。

実際の拳の争いというわけではなく、喧嘩のスタイルというか、なんというか、卓球のラリーのように永続的に殴り合えるドM同士、殴られれば殴られるほどテンションのあがるやつと半永久的にやり合っていたいと思う。


なぜすすんでイバラの道ばかりを選んでしまうのか。
それは進化の過程に”試練”がつきものだからだ。

命の強さを、僕ら表現者は自ら危険に身を投じて試している。

弱音を吐き、苦悩し、葛藤し、巡り巡って、気付けば次のステージにいる。

10カウントを待って地面に倒れ込んでりゃ楽なのに、あろう事か3カウントぐらいで立ち上がってファイティングポーズをとる。


今日あった友人はそんなやつだ。

その眼を見つめていると、ワクワクする。
ときに自分を見ているようだった。

無茶ばかりやる。
理解不能。
予測不可能な行動。
とどめは、喧嘩っ早い。


”能書きはいい、拳で語ってくれ”
何の物語だったか、どこかでそんな台詞を口にした登場人物がいた。

大人になって、自分がその言葉を心のどこかで自分に向かって叫んでいる。


僕らは表現者だ。
小細工はいらない。

能書き垂れずに、この身体で語る。


このデッドヒートが、何よりの快楽。
人生がかかる。


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2012年4月 4日 (水)

リアルスターの悲劇

4/3(火)。
嵐の夜だ。

こんな大荒れの夜には実際に外に出て、その風の強さを体感したり、雨が強ければ、河の氾濫を見に行きたいという気持ちに駆られる。

人は危険に近寄りたがるものだそうだ。
平穏無事な一連の流れから抜け出し、命を試したくなるのだそうだ。


リアルなものにはそれ相応のリスクがある。
五感全てでものをとらえるからだ。

発する方も受ける方も、そこでは”一方的”という安易で楽な繋がりではなく、何かを問われれば何か答えを返さなくてはならない。


様々な情報がインターネットをはじめとする手段で、ここにいながらすぐに手に入れられるようになった。
人は人とのコミュニケーションを必要とせず、機械的にキーを打ち込み、手に入れたいものが手に届くのを待つ。


会話に言葉が必要なくなる。
それは人としての尊厳の消失といってもいいほどの重大事だ。

現場で空気に触れ、五感が震えるような経験がなくなる。
”今”はもはや今ではない。

バーチャルな感覚の中に生きて、無意識のうちに周囲が消失し、己だけの世界になる。
人はそこで自らを環境の創造者と錯覚する。

僕は音楽家だ。
求めるものは常に今その場で感じているものであり、それが全てだ。

”百聞は一見に如かず”というが、現代において、意図的に切り取られ、制限された枠内で見るゴミのように垂れ流される動画や文章の”一見”が何の役に立つだろうか。

己の足でその場所へ向かうことを止めて、”一見”を得ることで何が把握できるのか。


一見を”一験”にしなければならない。
己の顔をさらし、己の口でものをいい、己の手でぬくもりや痛みを感じなければ、もはや僕らは人間であることは愚か、生き物としても成立しない。


言葉には必ず誤解があり、触れればぬくもりを知ると同時に傷つくこともあり、芸術には日々の鍛錬とは無関係に無理解がある。

それこそが真の姿であって、だからこそ、人は進化する。

その真の姿を、堕落と安易な制限から解放したい。
僕は、コミュニケーションを、人との繋がりを、芸術を、力を尽くして元あった場所へ戻したいと思っている。


喧嘩の相手すら分からない現代に嫌悪感を覚える。


もう一度、元あった場所へ。

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2012年4月 3日 (火)

手からこぼれる。

今の自分の力では、まだ、これは良いというものを守ることはできない。
まだ、僕はこんなもんだ。

力を尽くし、できる限りのことをやっても、まだこんなもん。

パフォーマーとしても未熟だし、それ以前に、人として未熟だ。


”悩んだり苦しんだりして、それでも楽しく新しいものを新しい世代で作っていきなさい”と、とある場所で柴さんがかけてくれた言葉が脳裏をよぎる。

人がなんといおうと、僕は僕の感覚を信じるし、その直感が反応したものに狂いはない。


僕が良いと思わねば、どうしてその人たちとともに創作活動を続けていけようか。

僕は”サポート”や手伝いなんかじゃない。
僕も”渦中の人間”でいたい。

自分の想像力と技術を駆使し、僕らの世代で僕らのできることを共に考えていきたい。


力が足りなかったんだ。
まだまだ、この程度なんだ、今の一人の自分は。

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2012年4月 2日 (月)

be with

達成されたと思えば、それはまだまだであったり、
手に入れたと思えば、すぐにこぼれ落ちていったり。


4月に入って日差しは春めいてきたが、相変わらず寒い日が続く。

高校を卒業し、浪人が決まった頃、僕は友達とヨットに乗り海を彷徨ったのだけども、その帰りの海路はとても天気がよく、ちょうどこんな日差しだった。


新しいシーズンへの期待と不安。
この季節ならではだろう。


今月は僕のメインプロジェクトである”cubic star minimal orchestra”の演奏はお休みで、新しい曲を作るか、あるいは旧曲をリメイクするかの、製作期間をとってもらった。

さすがに3ヶ月連続で高飛びし続けると魂もすり減る。


だからといって演奏がないわけではなく、とてもいいプロジェクトも動いていく。




たとえば、柳田健一さんとのデュオ。
ピアノボーカルである柳田さんの音楽が大好きで、2人で演奏することでその世界観がもっともっと広がればいいと思ってはじめたのだが、まだまだ無名に近い状態だ。

彼は日本の古き良き歌に対して深い理解があり、洋楽ばかりきいて育ったインチキ日本人だかいんちき外国人だかよくわからない僕に改めて日本の音楽の良さを教えてくれた。

滝廉太郎や山田耕筰といった日本を代表する作曲家をはじめ、野口雨情の作詞についてだとか、僕が知らずに通り過ぎてきたことをいろいろ話してくれた。
彼の作る曲にも、日本の音楽が持つ特有の美しさは受け継がれている。

言い方は悪いが、出来損ないのホムンクルスと化した巷のポップスとは明らかに違う、もっと強くてしなやかで想像力にあふれた、魂が宿る曲が日本のもともとの歌であったのだと気付く。

彼の中にはしっかりとそれが息づいている。




たとえば小川晃一。
滅多に行かないライブハウスに、とある用事で行ったとき、その日の一番手で彼が歌っていた。
観客はまばらだった。
泥沼の中で叫ぶように歌っていた小川君の詞が妙に頭に残って声をかけ、連絡先を交換した。

その日、本当の目当てだったバンドの演奏は、1曲目の途中で退屈になって、もうどうにも小川くんの歌が気になって仕方がなくなり、メインは全部は聴かずにうちに帰った。

後日、小川くんと喫茶店で随分長いこと話すことになったのだが、やっぱり彼も柳田さんと同じように、僕の知らない世界で育っている。
彼の本当にやりたい音楽はその当時のグループでは難しく、まだ整理がつけられる状態ではなかったようだった。

歌に寄り添う演奏ってのは、演奏家として実に難しい。
ともすればただの歌伴になるからだ。

彼の歌はそれを許さない。
情景を水彩画のように浮かび上がらせる詩やメロディーは絶対に粗野を許さない。

目に見えない陰影まで浮かび上がる彼の歌がとても好きで、やっぱり一緒に演奏することになった。



たとえばデール。
ドラマーを捜しているアメリカ人がいるからメールしてあげてくれと人づてにきいて、英語でメールを送ったら見事な日本語で返してきて、ライブに誘われたので見に行ったら見事な日本語で歌っていた。

不思議なもので、日本人より日本語の響きが分かっているような感じで、幻想的なことをいっているようだがやけにリアリティーがある、なんだか今どこにいるのか分からなくなるような、そんな曲だった。

デールは本人の名義で歌うよりバンドをやりたいってことで、グループにつけられた名前が”梯子ノ上デ”。

彼は僕と似たようなものを聴いてはいたが、解釈のあまりの違いに驚いた。


自分の知らないことを知ってたり、やってたりする人というのは、まぁ、単純にすごいとは思うが、魅力的だと思えることはそうそうない。

音楽のジャンルによる好き嫌いは僕には正直あまり関係なく、その人がいかなる人かが気になるものに素直に魂が魅かれるというか、その直感が僕の身体を動かしている。


出会いはいつも鮮烈だ。
恋に落ちるのに時間はかからないと先人たちはいったが、あながち間違いではないんだろう。

ただ、彼らは”無名”であり、”無冠”だ。
それは僕も同じ。

僕はまだ、何者でもない。


別に人前に立つことをステータスとしたいわけではない。
エラいことでもないければ、特殊なことでもない。
それは家族のために働く父親と何も変わらないことだ。


何がしたいのかときかれれば、答えは決まっている。

”シェア”だ。


喜びや悲しみを共にし、堅苦しい関係を取り払い、人として繋がること。
損得無しに、人を好きになり、信頼し、時間と空間を共有する。

音楽は時間に支配された芸術だ。
だからこそ、”今”人と繋がり、語らえる。

ただ演奏するのではなく、ただ聴くのではなく、そこで何が起こるかをみんなで楽しむ。


cubic starも然りだが、彼ら3人の表現をうまくバックアップできたらと思う。
自分もまた向上せねばならないし、その向上の過程で彼らと語らい、ときにはぶつかリながら歩んでいければ、人生は豊かになる。

ステージに上がらなくても、このままの自然体が僕のパフォーマンスになる。


人とともに生きていくのは、何ともあたたかいことだ。


柳田健一




小川晃一




梯子ノ上デ(デール)


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