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2012年4月 2日 (月)

be with

達成されたと思えば、それはまだまだであったり、
手に入れたと思えば、すぐにこぼれ落ちていったり。


4月に入って日差しは春めいてきたが、相変わらず寒い日が続く。

高校を卒業し、浪人が決まった頃、僕は友達とヨットに乗り海を彷徨ったのだけども、その帰りの海路はとても天気がよく、ちょうどこんな日差しだった。


新しいシーズンへの期待と不安。
この季節ならではだろう。


今月は僕のメインプロジェクトである”cubic star minimal orchestra”の演奏はお休みで、新しい曲を作るか、あるいは旧曲をリメイクするかの、製作期間をとってもらった。

さすがに3ヶ月連続で高飛びし続けると魂もすり減る。


だからといって演奏がないわけではなく、とてもいいプロジェクトも動いていく。




たとえば、柳田健一さんとのデュオ。
ピアノボーカルである柳田さんの音楽が大好きで、2人で演奏することでその世界観がもっともっと広がればいいと思ってはじめたのだが、まだまだ無名に近い状態だ。

彼は日本の古き良き歌に対して深い理解があり、洋楽ばかりきいて育ったインチキ日本人だかいんちき外国人だかよくわからない僕に改めて日本の音楽の良さを教えてくれた。

滝廉太郎や山田耕筰といった日本を代表する作曲家をはじめ、野口雨情の作詞についてだとか、僕が知らずに通り過ぎてきたことをいろいろ話してくれた。
彼の作る曲にも、日本の音楽が持つ特有の美しさは受け継がれている。

言い方は悪いが、出来損ないのホムンクルスと化した巷のポップスとは明らかに違う、もっと強くてしなやかで想像力にあふれた、魂が宿る曲が日本のもともとの歌であったのだと気付く。

彼の中にはしっかりとそれが息づいている。




たとえば小川晃一。
滅多に行かないライブハウスに、とある用事で行ったとき、その日の一番手で彼が歌っていた。
観客はまばらだった。
泥沼の中で叫ぶように歌っていた小川君の詞が妙に頭に残って声をかけ、連絡先を交換した。

その日、本当の目当てだったバンドの演奏は、1曲目の途中で退屈になって、もうどうにも小川くんの歌が気になって仕方がなくなり、メインは全部は聴かずにうちに帰った。

後日、小川くんと喫茶店で随分長いこと話すことになったのだが、やっぱり彼も柳田さんと同じように、僕の知らない世界で育っている。
彼の本当にやりたい音楽はその当時のグループでは難しく、まだ整理がつけられる状態ではなかったようだった。

歌に寄り添う演奏ってのは、演奏家として実に難しい。
ともすればただの歌伴になるからだ。

彼の歌はそれを許さない。
情景を水彩画のように浮かび上がらせる詩やメロディーは絶対に粗野を許さない。

目に見えない陰影まで浮かび上がる彼の歌がとても好きで、やっぱり一緒に演奏することになった。



たとえばデール。
ドラマーを捜しているアメリカ人がいるからメールしてあげてくれと人づてにきいて、英語でメールを送ったら見事な日本語で返してきて、ライブに誘われたので見に行ったら見事な日本語で歌っていた。

不思議なもので、日本人より日本語の響きが分かっているような感じで、幻想的なことをいっているようだがやけにリアリティーがある、なんだか今どこにいるのか分からなくなるような、そんな曲だった。

デールは本人の名義で歌うよりバンドをやりたいってことで、グループにつけられた名前が”梯子ノ上デ”。

彼は僕と似たようなものを聴いてはいたが、解釈のあまりの違いに驚いた。


自分の知らないことを知ってたり、やってたりする人というのは、まぁ、単純にすごいとは思うが、魅力的だと思えることはそうそうない。

音楽のジャンルによる好き嫌いは僕には正直あまり関係なく、その人がいかなる人かが気になるものに素直に魂が魅かれるというか、その直感が僕の身体を動かしている。


出会いはいつも鮮烈だ。
恋に落ちるのに時間はかからないと先人たちはいったが、あながち間違いではないんだろう。

ただ、彼らは”無名”であり、”無冠”だ。
それは僕も同じ。

僕はまだ、何者でもない。


別に人前に立つことをステータスとしたいわけではない。
エラいことでもないければ、特殊なことでもない。
それは家族のために働く父親と何も変わらないことだ。


何がしたいのかときかれれば、答えは決まっている。

”シェア”だ。


喜びや悲しみを共にし、堅苦しい関係を取り払い、人として繋がること。
損得無しに、人を好きになり、信頼し、時間と空間を共有する。

音楽は時間に支配された芸術だ。
だからこそ、”今”人と繋がり、語らえる。

ただ演奏するのではなく、ただ聴くのではなく、そこで何が起こるかをみんなで楽しむ。


cubic starも然りだが、彼ら3人の表現をうまくバックアップできたらと思う。
自分もまた向上せねばならないし、その向上の過程で彼らと語らい、ときにはぶつかリながら歩んでいければ、人生は豊かになる。

ステージに上がらなくても、このままの自然体が僕のパフォーマンスになる。


人とともに生きていくのは、何ともあたたかいことだ。


柳田健一




小川晃一




梯子ノ上デ(デール)


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