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2012年3月23日 (金)

詩人によせて

このブログを読まれる方々、、、。
こともあろうに大事な時間をつぶし、さらに読めば読むほど訳が分からず、より一層大事な時間をどぶに投げ捨てることになるにもかかわらず、随分と前から読まれている方々の中には、もしかしたらご存知の方もいると思われるけれども、基本的には僕はしがない音楽屋だけど、ときどき詩を書かせてもらう機会がある。


僕は別に詩人というわけではないけれど、ひょんなことから僕の音楽を聴いた本物の詩人、静野恒一氏が、その歌詞に興味を示してくれて、”この歌詞の日本語訳は詩にならないのか”と話を振ってくれたことがきっかけ、などと、いつ頃だか分からないほど随分前に日記に書いたような気がする。

彼が編纂する詩集”マデ”(唐茄子書房より発行)の記念すべき第一号から、二号、そして今回の四号に、僕の拙い詩が載った。


僕に新たな創作の場所を与えてくれた静野氏には、ほんとに感謝している。

またくれぐれも言っておくけれど、彼の詩はほんとに素晴らしい。
決して世辞ではないし、くだらない身内票なんかではない。
(僕がくだらないと思ったものは、世間様に何いわれようと、糞味噌に叩くのはきっとみんな知ってることとして言うわけだけど。)


彼の詩は著作の関係でここには載せられないので(是非、僕のブログのコメント欄からでもコメントしていただいて、あるいは僕の演奏会場で、彼の”マデ”を購入して読んでほしいが)、僕の詩だけ、少し載せてみることにする。

彼の詩集の評価を下げてしまわなければいいけど、、、。


今回の”マデ”第四号は、静野氏からルールをもらって書いたものだ。


”詩を音楽化する”というもの。
音にするのではなく、言葉を言葉として音楽にする、というとても面白いお題だった。
が、非常に難しかった。

そこで、先にトリックを言ってしまうと、、、


音楽をやる人ならほぼ誰でも分かると思うが、AABA的な、音楽の”構成”をそのまま取り入れて、そこでリズムを作って詩をまとめていった。


以下、四編がその内容である。

総題は”しき”、つまり、”四季”であり、”四気”であり、移ろいゆくものの総称てして、あえて平仮名で書いた。








”喜(ほころび)”

永遠の終わり
全ての始まり

縞縞の脈打つ細い空間を抜け
喜びの声を聞く

言葉にならない己の声でそれに大きく応える

手にしていたものを手放し
パンドラの箱を開く

喜びの対価は愛
愛は怒りと悲しみの種

芽生えは
雨の音を伴って






”怒(ループ)”

手をつなごうと伸ばす手が
届かぬことを知る

想いはループする
熱はそこから解放されない

届かないと思うから
また手をつなごうとする

繰り返す繰り返す








”哀(分岐点)”

いつ、どこで無くしたのか

なぜ知らねばならなかったのか
なぜそれを育てたのか

小さな芽をいつくしみ
花へと変えたいという欲

あのとき手放したものを求めて
再び旅の振り出しに戻ると

孤独

変わりゆく
枯れゆく
消えゆく
落ちてゆく

届かぬことを知っていて、手を伸ばす
そこには振り出し

届かぬことを知って、別れを告げる
ループの重力は遥か眼下







”楽(ジョイフルノイズ)”

重力を振り切るのに、一体どれだけの速度が必要なのか
己の正義を貫くのに、一体どれだけの犠牲が必要なのか
芸術を極めるのに、一体どれだけの精神の摩耗が必要なのか
愛を証明するのに、一体どれだけの傷が必要なのか

その全ては、そもそも無為なものか

人は呪縛によって己を己とし、そのループによって人生を織る

一瞬のループのほころび
音楽が鳴り止んだとき
光が遮られたとき
この命がこの身を離れるとき

楽に至る

ノイズが聞こえる
ループは遥か眼下

全ての終わり
永遠の始まり







以上四編だが、”喜”をAメロとすると、”怒”はBメロであり、リフだ。
”哀”はいわゆるサビで、1括弧ぬけると、Bメロである”怒”に戻る。
さらに”哀”にさしかかり、”怒”とを行き来するのだが、あるきっかけで”楽”に至る。
”楽”はさらに、Aメロである曲の冒頭に繋がる。


こういう構成のトリックによってループする言葉や記号を練り込んだ。

しかし、これは飽くまでも技巧的なもんで、そんなものはただお題をクリアするためだけのトリックにすぎない。

僕は、やっぱり、自分の人生を通して、あらゆる人と語り合いたいし、ときに人に質問し、またときには人に質問されたい。

それが人として生きることにおいて、どんなに豊かなものかをみんなで感じていきたいと思っている。

文学であれ、その他の様々な芸術であれ、それらのものは総じて、人の本質を知る、ほんとに贅沢なものだと思っている。

詩を楽しむ時間は、幸せな時間だ。

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