« tide | トップページ | like a monster »

2011年10月19日 (水)

go ahead

10/12(水)。

あたたかい日だ。
たくさんのことがある一週間になりそうな予感がしている。

リハーサルと本番が交互にあって、さらにいろんなことを考えさせられるここ最近の状況からしばらく整体に行けず、偏頭痛も首の痛みも、一番ヤバいのが左手のしびれなんだが、これももう限界。
整体に行き出してから順調に改善してたから、痛みが戻ってくるとこんなに痛かったんだと改めて思い知った。


午前中は、ここのところずっと続いてる”グループに対するあれこれ”で僕はイライラしていたように思う。

一人になりたいと思ってスタジオにこもり、夕方まで基礎打ちの練習をしていた。


夜に、渋谷で大切な友達に会うことになっていた。

もう休止して3年も経つが、thatというバンドを前にやっていて、そこで一緒に活動していたヴォーカルのあっこちゃんこと須田晶子が久しぶりに帰国したのだ。

このタイミングでの帰国に、僕は何か必然性を感じていたが、のちほど、あっこちゃんにしてもそうだったと本人の口から聞くことになった。

19時。
待ち合わせ時間に待ち合わせの場所で会えず、余計にワクワクした。

時間を遅らせてやってくるヒーロー漫画の主人公さながら、彼女は全く変わらない姿で待ち合わせ場所に現れた。

道々、音楽活動のことについてお互いに意見を出してみると、3年前に比べて、僕らはさらに分かり合えるようになっていると感じた。


僕も彼女も辛いものが大好きなので、辛いものばかりをだしてくれる飲み屋に入り、ここ1年の日本とアメリカでの出来事に関する情報を交換した。

地震、宗教、価値観とまじめな話から、ガソリンが入ると下ネタに一気に移行してしまうところもthatをやっていたときと変わらず。

NYを経てさらにオープンになったあっこちゃんは、ほんとにいろんな視点を身につけていた。

そんな彼女がかつて言ってくれたようにこの日も、僕の作る音楽も演奏も絶対に素晴らしいから、だからそのまま、流されることなくそのオリジナリティーを貫いてほしいと再度言ってくれた。

日本にいて、狭い世界で苦悩していると、僕のイマジネーションはどんどん小さくなっていく。

僕は、僕に曲を作る力があることと、僕の作るものがいかに個性的かということを最初に気づかせてくれたのはあっこちゃんだと思っている。

彼女が、僕が思っている以上に何倍にもカラフルに歌うから、僕はさらにカラフルな創造をすることができるようになったのだ。

あっこちゃんが歌うときに、僕の想像力はマックスになる。
それはおそらく間違いない。


彼女の正式な帰国を待ちわびつつ、心のどこかで”ずっとアメリカにいるべき人だ”と思ったりもする。
もっとこの国の音楽が創造的で、自由にならない限り、いずれは音楽だけでなくその他のことも閉鎖的になって、最後はこの国に希望を抱かなくなる。

比較の対象を持った人にその絶望感を味わってもらいたくない。

素晴らしい才能を持った人たちがこの国から出て行ってしまうのが僕には悔しくてならない。
どうすることもできないと、ただ流れに身を任せることもプライドが許さない。

ほんとに僕らの世代は”生み出せない世代”なのか。
媚びを売ることに終始し、長いものに巻かれることを無意識にステータスとしているのではないのか。
世にあるもののほとんどが自分にマッチするものではないと僕は思う。
自分の言葉や体に合わせて考えて作り変える、これが文化の基礎となるものではないか。

古きことから学び新しきを知ることで新陳代謝が生まれ、それが結果普遍性を帯びると僕は信じている。


あっこちゃんは、僕の大きな迷いの隅っこを突き崩してくれた。
僕もチャレンジを続けなきゃならない。
自分にとって新しいことをやり続けなくては。

またともに活動する日が来る、そのときのために。

|

« tide | トップページ | like a monster »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/482886/42564846

この記事へのトラックバック一覧です: go ahead:

« tide | トップページ | like a monster »