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2011年10月 6日 (木)

時限爆弾

10/2(日)。

前後する日記が多くなってしまった理由は、単に思考を熟成させてるだけであって、決して、間違っても、怠慢などではない。

むしろ日記はできるだけ毎日付けておきたいぐらいで、今日何々があってどう思ったこう思った等々、意外と書き留めておくとしっかり生活してることが分かって、なんというか、こう、”あ、意外と頑張ってるじゃん”的な解釈がとれないでもない。


そんな10/2の夜は、サックスの東金城こと、きんちゃん(逆か?)のイベントにmaikotobrancoで参加することになっていた。
もう1年ぶりぐらいになるだろうか、久しぶりに彼に会い、また彼のバンドメンバーのとよちゃんに会い、たいばんであるバンドのメンバーなど懐かしい面々にあった。


きんちゃんのイベントは、音楽のジャンルを超えたところで集まるというコンセプトがその根底にあるようだ。
彼のリーダーバンドは僕の聴きなじみのあるコンテンポラリーなジャズのサウンドで、たいばんの三谷さおりちゃんのバンドはブラジリアンテイストなポップチューンによって構成されたパフォーマンスを見せてくれた。


maikotobrancoはご存知の人も多いと思うが、もともと爆音バンドだ。


音量の差というものは、音楽性云々を一足飛びに飛び越えて共存を許さなくする最大の問題点なのだが、今回のイベントに参加できるほどにその問題をクリアできてきたのは、経験によるものか、それとも年齢なのか。

少なくとも”うるさい”という感覚に関していうと、”その場にそぐわない”という意味がその構成要素の90%であると思われるから、そういう意味ではそこで演奏を許された僕らの演奏はうるさくはなかった、はずだ。

懐かしい仲間にあったときに必ず思い出すのは、音大入学時のこと。
ただの音楽好きだったはずが、自分でもっといろいろ作りたい、知りたいっていう欲と、このままつまらないものばかりに囲まれて生きていきたくないという、なかば意地のようなものを自覚しての入学だった。


僕は音大に入る前に、maikotobrancoを一度辞めている。
当時の僕ではそのときその場にあった演奏をできないと判断したからだが、音大を訳あって中退する頃、再度このバンドに加わった。
それからは随分と長い間活動をともにしてきた。

cubic starをはじめ、様々なグループでともに音楽の研究をしてきた鍵盤奏者の毛利くんも、このmaikotobrancoに招き入れた。


ポピュラーミュージックが世に広まってからというもの、特に今でこそ一般的になったバンドスタイルによる創作は、そのグループに核となる作曲者がいて、それをまとめあげる編曲者を核の周りに配置することによってうまく機能することが多い。

もちろん万能型の創造者が一人いるにこしたことはないが、クラシックのオーケストラと違い、少人数のチームプレイであって、もろに個性が反映されもするから、あまりにもワンマンでない方が色の混じり方がカラフルで面白いようだ。


視点の違いはときに大きな衝突を招くが、もしも融合を果たせたなら、それは唯一無二のものに生まれ変わる。

日本は島国だ。
陸続きでありながら異文化がすぐ隣に存在する他の多くの諸国とは随分様子が違う。

異文化が隣り合う場合、常に比較対象が傍にあるということであり、本来上下関係のないはずの”文化”にさえ優劣がつく。
強い方が弱い方を取り込むというかたちだが、時に弱い方は強い方を毒に侵す術を隠し持っていたりする。
ヨーロッパやアメリカ、アジアでもそうだが、その独特の文化が出所不明の異形を持っているのもそのためだろうし、今もなお突然変異を生むのもそのためだろう。

常に”決断”に迫られているということだ。


リーダーのこうどうさんと長年一緒に演奏してきたベースのげんたの、彼ら二人にとって、僕と毛利くんは違う文化を持った異国人ということになるかもしれない。

曲というものを中心において、全く違った角度から分析して、再構築していく。
常に、何を持ってよしとするかの決断を促される。
だからこそのオリジナリティーがmaikotobrancoにはあるのだろう。


僕は絶対に分かりやすく人に説明なんてしたくないし、そんなものは作りたくないと思っているが、ポップな感覚を持つ他のメンバー3人がいることで僕自体も歯車として表現の中に組み込まれ機能する。

4人はいわゆる”音楽ヲタ”というところで一致し、チンピラのごとき演奏をしているわけだ。
が、不思議な調和を生んでいる。


必ずしも同じ立場に立つことが調和を生むわけではなく、見方が違うからこその調和というものもある。

その点に関して、この日のイベントに僕らのバンドはぴったりと当てはまっていたようだ。


僕は”結局音大で何をしていたのか”と聞かれたら、”人でなしになるためには、どうやって自分を強くすればいいのですか”というような論旨のめちゃくちゃな架空の学問を一人黙々とやっていたと答えるだろう。

出来上がった表現は別に誰にも伝わらなくてもいいが、誰かに伝わるものになってしまうという矛盾を楽しみながら、大部分イライラで、ほんのちょっとにやにやとしながら、こうして活動を続けている。


人生は時限式の”無駄”だ。
爆弾じゃない。
こんなふうに頭の悪い連中が集まって歯車が廻り出すと、そのとたんに爆弾になる。

そんなものだ。

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