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2011年9月

2011年9月30日 (金)

異空間

遡る、9/24(土)。

朝からどうも体調が悪く鼻水が出っぱなしだったが、なんとか午前の仕事を終えた。
夕方には浅草に移動。

この日は、ピアノボーカルの柳田健一さんとのデュオだった。


浅草をこんなにしっかり歩いたのは何年ぶりだったんだろうか。
ここに用事があると言ったら、もっぱら浅草JPC(パーカッションセンター)と神谷バーぐらいで、もう長いこと、こんなにのんびり街を歩くということはなかった。


共演する永井LEEさんと柳田さんと僕の3人で、浅草の通りを歩く。
まるで東京ではないような、そんな時間の流れ方。


異空間にすむ人は異空間でのルールがあって、それに従って動いているような。
そこからはみ出して動く僕らの方がむしろ異空間から来た人間だったのか。
ルールからはみ出して歩く柳田さんを、浅草のおばちゃんが乗ったチャリが容赦なく襲った。


この街は、今もまだ”モダン”であると思えた。

歴史ある寄席。

由緒正しき、、、かどうかは分からないが、昔から残るストリップ劇場(カップル割りなんてものもあるほど、ここは完全な観光地)。

希代の役者、喜劇王エノケンの看板。


日本の小さな神様がここにいっぱい住んでいるような、それが浅草なんだろう。
こんなところにも”唄い神様”がっっっ!


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僕らの演奏した場所はビルの7階、雷門をほぼ正面にとらえるバー。
そこからの夜景は新旧混じり合った、まさにモダンな景色だった。

柳田さんは、エノケンが活躍したこの浅草で、エノケンが歌った”洒落男”を熱唱した。
お馬鹿な歌詞だが、じんとくるものがある。


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僕らもモボになれたかな。

*注釈
モボ…もぼ、モダンボーイの略
詳しくはhttp://www.youtube.com/watch?v=VHrroskPtcI


若い僕らが、日本の歴史ある場所で、文化を支えた日本の歌を今歌えることはとても幸せなことだ。
忘れ去られてはいけないこういう歌を、もっとやっていければと思いつつ、鼻をすすりながら家に帰った。

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2011年9月28日 (水)

RE:

9/28(水)。

すっかり朝夕は秋の様相だ。
秋の”匂い”がするが、実際のところそれは匂いではなくて、体が感じている雰囲気なのかもしれない。

とはいえ秋の”匂い”だ。


cubic starは無事に3ヶ月の新人選考期間を突破して、次の段階に入った。
ワンマンとビッグフェスへ向けてのミーティング。
実際にプロの営業方法の中にこれほど足を踏み入れて意見を出したのは、まず間違いなく初めてだろう。

今後のことで、論点の中心はワンマンについてだった。

彼ら営業屋にとって、セールスポイントが見える僕らのバンドを短期間でワンマンに導くことはお易い御用だった。

が、そこには大所帯特有の”機動力の問題”がつきまとう。
例えば、週2回のライブを3ヶ月やり続けるのは無理だ。

ましてや僕らの音楽は”大量消費”なんてファッキンなくそ資本主義精神には死んでも乗っかりたくない。


音源1000枚の”消費”が目当てじゃない。
音源1000枚の”理解”が真の目的だ。


短期間で人をつけ、短期間で大観衆の前に立つなんてことに、僕は何の意味も感じなかった。
事務所側も、嬉しいことに、僕らの表現の指向性やその哲学のことを事前によく社内で話し合ってくれていて、改めてcubic starが向かいたい先はどこかと尋ねてくれた。


僕の答えはひとつ。
”芸術を芸術があった場所に還す”。
この考えは絶対にぶれない。


僕もチーフプロデューサーもチーフマネージャーもここでまたしても意見が合致した。

ワンマンの構想は実に面白い方向に向かい出した。
ライトアート、映像作家、構成作家、ライブディレクターを入れて、完全な空間を作り出す。
しかも僕らの音楽はインプロヴィゼーションを多分に含んでるから、柔軟に対応できるスタッフをそろえる。

パーゲージングしたライブをそのまま地方にも持っていけるように、スタッフ、メンバー全員で綿密なミーティングをやる。

とても大掛かりだけど、これをもし成功させられたら、僕らはかつてピンクフロイドが成し得たところにたどり着けることになる。

しかも、この方法論の先にはまだあるが、ここでは言えない。

それは、確実に実現可能な距離に入った。
もはや憧れの先ではない。
半年間の構想段階に突入する。


頭で思い描いたものを実現させることでは、僕は足りない。
その先、さらに先に行きたい。


そこでは様々な視点でものを見る人たちが真に手をつなげる。
乖離した人の想像力を一つに結びつける場所になるはずだ。


小さな川は、幾重にも絡んで海に繋がる。
海は大地を豊かにする。
大地からは、いずれ、その恵みに対する深い感謝の返事がくるだろう。

祈りフィードバックする。


今、世界を変えるんだ。

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2011年9月20日 (火)

全機

人を引きつける力とは何か、人を押しとどめる力とは何か、人を動かす力とは何か。
そんなことをよく考える。


損なことは多くの人がやりたくはないと思うだろう。

ただ、ここでいうこの”損”という定義が曖昧だ。

大多数はこの損を”利益のないこと”ととらえるにちがいない。
別に経済や政治や、そんな大きなものにどっぷり関わっていなくたって、僕らは資本主義の檻のなかだ。
マナーや礼儀さえ金銭で解決させる節が多すぎるぐらい多い。

報酬の良し悪しでその仕事の性質を見抜いた気になる。
労働など人生の暇つぶしと食い扶持稼ぎに過ぎぬ。

仕事ははじめから”やりたくないもの、おもしろくないもの”と決めつけられ、ただ斬られ、ただ処理される。

なんと空しく、ばかばかしい考えか。

考えてみればいい。

例えば、大工がこれは仕事だし楽しくないものだと思いながら家を作る。
技術的にはそれなりのものができるから、外っ面、誰にも文句はいわれない。

料理人が同じように考えて料理を出したとして、それでもそれなりの味なら、表向き気付かれないですむかもしれない。

演奏屋が、つまんねぇ曲だと思いながら仕事だと自分に言い聞かせて演奏しても、技術的に問題なければ、きっと特に問題視されない。


が、明らかに欠落しているだろう。
五感のどこかが塞がれて、抜け落ちている。

心と体が一体となって初めて生まれるはずの技が、技だけで独立しうるといつどこで勘違いしたものか。


良心が欠ければ体が乱れる。
逆もしかり。

この世は唯心論でも唯物論でも成り立たない。
有機的に繋がってこそ、事象に変化を起こせる。


行動の理念は、大義名分にある。
自分が変わっていくこと、人を変えること、すなわち手を取り合うことだ。


享楽だけをともにするという考えは、資本主義が生み出した白昼夢だ。
幸せが硬貨で買えると妄想させれば経済が廻る、と戯言を抜かす。


苦しいときを手を取り合って乗り越えることができたら、それに替わる喜びがあるだろうか。
それが本来の人を動かす力だったんじゃないか。


目先の利益によって動くようになったら、僕もゾンビの仲間入りだろう。
死ぬことが機能しない生が生ける死体を野放しにしているのでしょ?。

心や誇りをなくしたら、生きてるといえるのか。
僕はそんなのは嫌だ。


死から生へ。
内から外へ。
暗から明へ。
個から全へ。

だから繋がるし、繋がりたい。

全てが機能することが大事。


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2011年9月19日 (月)

LIVED, LEGNA

9/17(土)。
残っているどころか、まだまだ主張の激しい暑さだ。

この日はうちの近所の、行きつけのカフェFUNRUNにて、梯子ノ上デのフリーチャージライブだった。
土曜の昼下がりということもあってか、席は満席になり、みんなデールの歌声に耳を傾けてくれた。


おいしいご飯もテーブルに並ぶ。


基本、梯子ノ上デは4人なのだが、この日はギターのタクボンがお休みで、3人での演奏となった。


デールの歌詞は、アメリカ人であるにも関わらず、とても美しい日本語で綴られている。
月並みな言葉ではなく、ほんとに彼が発する言葉だ。
それは誰にも真似できない。


オリジナリティーというものは、決して”変”なものではない。
常識や過去の偉大な表現を飲み込み、噛み砕き、再構築されたものだ。

それが例えば言葉なら、聞いたこともない言葉というわけではなく、まさに語り口のようにその人の”語り方”が表出するわけである。

俳句や短歌やあるいは詩というものにおける、短い言葉による感情の表出は、短いが故にある種の規則がそこに生まれるが、それこそまさに言霊に核だといえる。

その核はつまり”比喩”ではなかろうか。


短い言葉が信じられないほど多くの情報を含むとき、その表現は受け手の想像力に委ねられ、極限まで豊かになる。
人が成長していくにつれて、その意味を知り、多くの情報をその短い言葉から引き出していけるようになる。


デールの言葉はストレートなものなのか、それともよく練られたもか、それすらもわからない。
ちまたにあふれるいわゆる”ストレートな表現”があまりにも乳臭く思ってしまう。
それぐらいにデールの言葉はとても豊かで、たくさんの創造の自由を与えてくれるものだ。


人は、その目を開き、その耳を澄まし、鼻も舌も触る感覚もオープンであることを意識すれば、自ずと成長していくものだと、少なくとも僕は信じている。

教育にできることなど無に等しい。
それは土台ときっかけを与えるもので、現在のそれは特に人を育てるものからかけ離れたところにある。


年相応の感性というものは随分と幼退化したように思う。
人は創造する自由を捨てるつもりなのかと疑いたくもなる。


デールの言葉は”そうじゃない”ということの証。
創造の可能性は、眠っているのであって、捨て去られたわけではない。


ただ、眠っている。
起きるきっかけがないからだ。

なぜ僕が演奏をするか、作品を作り続けるのか。
なぜデールと出会ったのか。
なぜこんなにも彼の言葉に心を打たれたのか。

これは必然だ。

僕のなかの可能性の一つが、彼の言葉で目を覚ました。
彼の言葉を待っていたのかもしれない。


それとも、目を覚ましたのではなく、心に魔物でも巣食ったのか。

禅問答と同じで、悟りの境地も魔境もいる場所は同じ。
そういうことだ。


結果、デールは天使のような悪魔である。


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2011年9月15日 (木)

whole lotta love

9/15(木)。
暑さが帰ってきた。
焼け付くような日差しも健在だ。


cubic starはとりあえず次のステップと茨城ツアーへのアプローチを控えて一段落ついた。

そうはいっても、今度は他のやり残したことを次から次にこなしていかねばならない。
文字通り、貧乏に暇などない。


”東京まちおこし”なる企画のミュージック部門に作品を出してみては、とお誘いを受けたので、9月中に曲を書いて送ることにした。

なんにせよ、ものを作り続けられる環境が整ってきて、たくさんのお誘いを受けることができるのはほんとにありがたいことだ。

我慢に我慢を重ねて、必死で走り回ってまいてきた種がいろんなところで芽生え始めたような気がする。


アレンジの仕事や作業ももっとこなしたいから、ソフトも購入した。
使いこなすには少し時間かかるだろうけど、何でも挑戦あっての成長だ。
何もしないままじゃ何も変わらない。

毎日新鮮でありたいし、良くないことに気付いたらスピーディーに改善していきたいと思う。

僕は、創作活動に最も必要なものはスピード感だと思っている。
今日作ったものは、もう明日には古くなる。

音楽なんかとくにそうで、今出した音ですらすぐに過去のものになるから、だからこそ演奏し続けるし、曲を書き続けるし、アレンジし続ける。


完成型は毎日更新されるから、僕の少々多過ぎのアドレナリンのいい捌け口になる。
刺激のない毎日が大嫌いだ。


右の方で新しい曲の譜面作りのことを考えて、左の方で10/14の大舞台に立つことを考える。

去年末、ひょんなことで出会ったベースの深山健太郎さんに誘われるまま、僕は素晴らしいミュージシャンの方々をはじめ、多方面で第一線で活躍するたくさんの素敵な先輩方と知り合うことができた。


健太郎さんと出会ってから、まだ1年も経っていないのかぁ。
もっと前からお世話になってるような気がするけど、、、。


この出会いは、僕にとって一つのゲートのようなもだった。

活動に対する大きな考え方の違いで、僕はある人と一緒に演奏できなくなってしまったのだが、そのことが僕をアマチュア根性のままではもうこの先はないということを気付かせてくれた。

その直後の、健太郎さんからのお誘いだった。


このお誘いがなければ、多分今の僕は絶対にない。
cubic starに関しても、僕が作曲者として少しずつ仕事ができるようになってきたことも、その他のいいことも、この出会いに繋がっているような気がするのだ。

事象は決してばらばらの点じゃなくて、線として繋がっている。
僕はそう信じているから、きっと偶然ではないはずだ。


その健太郎さんのお誘いで、件の10/14、僕は三井ホールに立つ。
大役者の柴俊夫さんの主催する”こどものための柴基金 チャリティーコンサート”での演奏だ。
http://www.shiba-kodomokikin.com/


しかも健太郎さんのバンドにゴダイゴのギタリスト浅野孝巳さんが加わって、僕としては少年時代のヒーローばかりが周りにいるような、天にも昇る気持ちだ。

柴さんは時代劇好きの僕にはまさにスターだし、浅野さんはよく口ずさんだゴダイゴの名曲の実際の演奏者で、やっぱりスター。


チャリティーコンサートの出演者のなかで、ダントツで僕が一番年少なわけで、世間知らず。
名前も地位も何もない。
そんな僕を健太郎さんは選んでくれた。
その目がたしかであったことを、僕は実力で証明しなくてはならない。
泥を塗らないように、アイディアを絞って、誰よりも創造的にパフォーマンスしなければ。


いつか、僕もそういう人間になれればと思う。
自分が年をとったときに、これからを担う若いパフォーマーを大きな舞台に引き上げられるようになれたらと思う。


受けたら期待に応え、受け継いだら託さなければならない。

その流れがよどみなく続けば、きっと芸術は常に進化し続ける。

僕は死ぬまで退屈することはない。
わくわくしっぱなしでいられる。


たくさんの感謝、たくさんの愛。

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2011年9月14日 (水)

Fire!

9/13(火)。
残暑の炎天下、車に荷物を積み込む。


もう半年前になるのか。
突然送られてきた一通のメールから始まって、9月に至る。

cubic star minimal orchestraの、メジャー傘下の事務所とのバトルの始まりは7月からだった。
7月からの3ヶ月間、新人選考ライブに参加して、生き残ることがミッションだ。


前にもいったと思うけど、僕は迷った。

果たして今のメジャーシーンなんかに何かしらの魅力があるのか。
僕ら世代の若いメジャーミュージシャンはもうすでに焼き増しの連続で、自分たちの言葉も持ち合わせていない。

ましてや、cubic starはインストだ。
歌詞はない。
さらにインプロヴィゼーションを主体とした難解な部類の音楽で、ポップなフュージョンなんかとも違うし、ロックやダンスミュージックとも違う。

ジャンルのつけようがない、自分たちでもこのジャンルがなんなのか分からない、営業屋からすれば最も営業のかけ辛い、いわばガラクタのようなものかもしれない。


自由な発想がガラクタを宝物に変えるように、僕はただ、今までにないバランスでとにかく僕らの表現を作り上げたかった。
でも、もしかしたら、それはグループ全員の夢ではないかもしれない。
僕個人の夢であるかもしれない。

3ヶ月間、僕はずっとそう考えてきた。

たった3回なのに、僕はその間イライラしたり、焦ったり、どうにかしたいともがいたり、とにかく僕がみんなを巻き込むのだから、僕が全ての責任を負わなければと思い込んでいた。


2回目までを終えてたくさんのミュージシャンが消えた。
消えた分の穴埋めのように次の新人が入ってくる。
また消える。
その繰り返し。


僕は事務所のチーフマネージャーに、一番最初に言われていたのだ。
”全て食って、勝ち残れ”と。

はじめ、僕はそれを冗談だと思っていた。
どのバンドにもどうせそういっているのだと思っていた。

”厳しさ”というのは、僕にとっては”営業屋が音楽を操作するけれども、それでもやっていかないと食っていけないぞ、それでもいいのか?”というものだと思っていた。

それは僕らのやることではないし、それで食えるようになることなんて本気で糞食らえだ。
”厳しい”の内容がそんなものなら死んでも屈しないと、最初から決めていたことだ。


しかし、僕らが受けた勝負には、正しい”厳しさ”があった。

”意志なきもの、力なきものは去れ”だ。


僕は負けることは怖いと思っていない。
勝つまで戦えば済むことだ。

そんなことより、力を尽くして戦えないことの方がものすごく嫌だ。


3回目の日。
cubic starの足並みはぴたりとあったと僕は実感した。
このバンドが大きくなることはメンバー全員の夢だ。
力が遺憾なく発揮できて、その場にいる人たちに正しく浸透した。


気付かないうちに、この3ヶ月で僕らはたくさんの期待と支援を集めていたのだ。

お客さんは、僕らと創造の冒険をする仲間になっていた。
彼らの一挙手一投足が僕らの音楽を変幻自在なものにする。
客席のグルーヴを即座に感じて、僕らの演奏は生き物のようにその場で呼吸するのだ。

専任の照明もメンバーに加わった。
即興によって変化する予測不可能な構成に対して、完璧にライティングを変えていけるメンバーがグループに加わることで、僕らのステージはより有機的になった。
彼ももはやパフォーマーの一人なのだ。

僕らの音楽を広めようと、いつもそのことを考えてくれる人がいる。
もっと深く僕らの考えを知ろうと、積極的にコミュニケーションをとる。

世代も超えた。
いろんな世代の人たちが、言葉のないcubic starの世界に共感してくれた。

ミュージシャン仲間が言ってくれた。
”行け”と。
新陳代謝の止まりかけたシーンに活力を取り戻してくれと、僕らに期待し、頼りにしてくれる。


事務所が言った。
”ビッグステージに立て”と。
一緒に観客を熱狂させようと、ともに大仕事を成し遂げて、ともに笑おうと。
まだ、業界にも熱のある人たちがいる。
で、そんな人たちに出会えた。

条件は揃った。
僕らは、音楽の持つ”芸術”という側面を、あるべき姿に戻し、元あったところに返す。
かつて、マイルスデイヴィスがそうしたように。

創造性と自由だ。

刺激と混沌と模倣があるべき姿じゃない。
元あった場所じゃない。

8人を核に意志を貫く。
周りも動き出したことが手に取るように分かる。


火がついたここからが勝負。
みんなの力が必要なのだ。

核になる僕らは、もっと魅力的にならねばならず、もっと求心力が必要だ。

強い意志の力で磨き上げられた普遍性を、僕らは手に入れなければならない。


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2011年9月13日 (火)

departure

9/11(日)。


cubic starのライブ直前リハ。
2ndアルバムに収録されている”V.B.W.”を、8人編成で初めて試した。


メジャーと戦うと決めてから約半年。
ちょうど大震災があった頃、僕は迷っていた。


みんなを巻き込むほどの価値がそこにあるのかどうか。
ほんとにこれはcubic star minimal orchestraというグループの夢なのか。
それとも、僕個人の独りよがりの夢か。


まずは7月からの3ヶ月ということで、僕らは冒険に出た。

自分たちの作る物を、平気で売り渡すように”何かしてくれるんでしょ?”という、似非アーティストはいらない。
意志なきものはこの場を去れという考え方で、僕らと事務所は合致したに過ぎない。
シーンの価値観を根底から覆したいと、僕はただただそう願った。


すでにあるものが悪いと言いたいんじゃなくて、これから出てくるはずのものがこれまでと一緒だということは退化に等しいと言いたいのだ。


僕らは僕らの世代の物言いをしなければならない。
僕らの意見とアイデンティティーを持たねばならない。

それができてこそ、世代の違う人たちと真に手をつないでともに創造の冒険をしていけると思うのだ。


9/13、もう今日だけど、僕らは発射台のエレベーターに乗り込む。
cubic starは、僕にとっては大きな宇宙船のようなものだ。

宇宙にあがれば常識は通じない。

未知を知る。
常識を打ち破る。
こうでなくちゃいけないというルールは自分たちで一度作り上げて、また壊す。


ここからが未体験の空間だ。

今日、ここで重力を振り切るんだ。


9/13(火)
"cubic star's three months trip!" @田町quarter note
http://quarter-note.com/access.html

3ヶ月連続ライブ、いよいよファイナル!。
出演時間 20:40~21:10


一緒に活動してきたたくさんのアンダーグラウンドの素晴らしき仲間たちのために、道が開けるように。

とにかくがむしゃらに走ろうと思う。


みんなで変えるんだ。
僕らだけがうまくいってもダメなんだ。


革命を起こすのなら、常識を打ち破るのなら、たくさんの意志の力がいる。

みんなで大手を振って光のもとへ出るんだ。
そこには必ず創造の自由があるはずだ。


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2011年9月12日 (月)

起死回生

9/12(月)。

宗教上の様々な考え方があるから一概にそうとは言えないけれども、”死”は、死んでいくものにとっては未知の世界への入り口で、それは時として闇や無に例えられる。

今を生きるものにとっては、”死”は一つの事象で、もちろん亡くなったものはもう戻りはしないけれど、それは個というものの存在の消失で、それとは別の何かがとって替わることが多くある。

僕は、ひっさびさに頭に来た。
日頃、あんまり政治のことに関して思うことなどないし、あったとしてもすぐに忘れてしまうが、、、。


”死の町”発言に関してだ。
これにはさすがに腹が立った。

誤解してもらっては困る。
政治家のおっちゃんに対して腹が立ったのではない。


マスコミだ、マスコミに対して猛烈に腹が立った。
四角いハコのなかに送り込む電波に、脆弱な正義でも詰め込んだつもりか?


言葉には必ず、”行間”と”言霊”がある。
日本の美しい考え方だ。

古来日本人は短く切り取られた言葉を愛し、そこにたくさんの思いを込め、理解を深め合った。
僕は、それは今の日本人にも、もうDNAのように潜在していると思う。


”死の町”という言葉は撤回され、よくわからない謝罪がされた。
おっちゃんはすんませんと謝ったわけだ。

が、はたして、それは嘘の発言だったか?
答えは否だ。

間違いなくこのままでは、人が住めないのだ。
その現実を、その場からは慣れたところで暮らす人たちはもう忘れてるんじゃないのか。

行間も読まずに、四角い小さな場所だけで発言を許された奴らがたった一部を抜き出して、揚げ足取りに人を叩いて、それでどうなるというのだ。

真実を伝えるんじゃないのか?
報道人のプライドはどうした?
なんでみんなで同じことを言う?

で、とどめとばかりに被災地で今も大変な生活をしてる人の悲しみややり場のない怒りを煽るようにくだらないインタビューをとりに行くのか。

絶対に、そういう意味で政治家のおっさんは発言したんじゃないって、インタビューで答えた人がいるはずだ。


悪意を煽って、協力を破壊して何になる。
力を合わせるはずのこの時期に、なぜ悪意を引き戻すのか。


選ばれた人しか戦えないのだ。
自分が正義だと言い張っても、一人では戦えない。

僕らができることは選ばれた人の支援をすることだ。
協力ができれば世の中は少しずつだけど、絶対変わる。

善意は伝播するはずだ。

再び立ち直りたい、立ち上がりたい。
それを全力で後押しすればいいのだ。


莫迦が切り取ったワンシーンを信じるんじゃなくて、ちゃんと人を信じてはくれないだろうか。
救えるのは、今を生きる人しかいないのだ。


死は、生きているものにとっては一つの事象だといった。
事象は日々変化する。
諸行無常であるが故に、だ。


死は転じて生となる。

僕ら生きているものにとって、死は終わりではない。
再生されるまえの、一つの状態に過ぎない。

どうか、被災地の方々も、そうではないところに住む方々も、悪意で胸を一杯にしないでほしい。
もっと人を信じてはくれないだろうか。

情報に振り回されてはいけない。

今こそ再生をかけて立ち上がるときだ。
争ったり、引きずり落としたりするときじゃない。

必ず協力できるはずだ。

手がつなげれば、その温かみで、きっと憤怒も忘れ去れる。

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2011年9月10日 (土)

let me breathe

遡る9/2(金)。
むしむしする一日。

昼下がりに、小川君と合流。
巻きたばこの一服をはさみながら、自宅スタジオで軽くリハーサルをする。
この日は僕と小川晃一のデュオでの演奏が夜に行われることになっていた。


夕方には下北沢に移動したのだが、ついた直後に驟雨に見舞われた。
バケツどころか、浴槽をひっくりかえしたような猛烈に打ちつける雨だった。

通り雨と思いきや、そのあともしとしとと降り続くもんだから、湿気はマックス。
楽屋は雨漏り。


僕らは一番手で演奏した。
二人で演奏するのは半年ぶり。
静かな歌と、ギターと、打楽器の演奏だった。


地下でおこなわれるこうした、いわゆるブッキングライブというのは、最早死に体だ。
何のカルチャーももう生み出せない。

僕も小川君も、すでに地下での活動はほぼ0に等しい。
この日僕らは、ぽっかり空いた隙間を埋めたに過ぎない。


焼き増すことを文化というならそれもいいだろう。
ありふれたものを何度も求めたいというなら、それに応えることもいい。

だが、地下には何もない。

垂れ流される形にならないスライムのごとき、”騒音”。
”ちょっといい感じ”なのが聴ければラッキーぐらいで、家に帰ればすぐ忘れる。

パフォーマンスの方法論は多岐に渡っている。
様々な方法は、誰にでもそれなりの技術でパフォーマンスできる力を与えた。
演奏技術は高いものになってきている。
それは進化といえるだろう。


が、しかし、形にとらわれ、大義名分を忘れたものは芸術ではない。

誰にも認められないものと、万人に認められるもの、これは実際は同じ形だ。
どちらにも”好き嫌いの判断”が存在するのみ。
考えるきっかけにならない。


芸術は社会的通年のその先にある。
己のなかに形作られたものの表出が、誰かの心に触れ、何かを考えるきっかけになったときに初めて芸術となる。

そこには先人たちの影響は多分にあるが、憧れからは逸脱している。
初期衝動は時間をかけて緻密に磨き上げられて、まるで森みたいな有機的な生態系を作り上げる。

それこそ、僕や小川君がともに目指すものだ。

僕らは口癖のようにいった。
”退屈だ”、と。


刺激なんてすぐに飽きる。
どっかで聴けるようなもんならどっかで聴く。

土砂降りになったんなら、ついでにこの退屈も流し去ってくれれば良かった。


僕らは、二人で演奏して、”一人以下の音”しか出さなかった。
つまりそれがアンサンブルの、一つの答え。

真空のなかに空気を送り込むような、そんな感じ。
息ができるように、空気を送り込む。
優しく、優しく。

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2011年9月 4日 (日)

祭りの後先。

少し遡る、8/28(日)。
蒸す一日だったように思う。


今年の夏は、それはそれは凄まじいスケジュールだった。
もともと音楽の仕事に専念しようと思って、音楽三昧でびっしり詰めたスケジュールに加え、予期せずして塾の講師の依頼が飛び込み、散々断ったあげく、根負けしたかたちで毎日5〜6時間の講師の仕事をこなすことになってしまった。

つまり、朝は7時に起きて講師をやって、夕方帰ったら機材の準備して現地に入り、演奏して帰ってきたらもう1時か2時か。
風呂に入ったら即3時。
演奏のあとは眠れないから、寝るの諦めて朝まで結局ゴロゴロするだけで、また講師。
日曜以外は休み無し。
代理はきかないから、とにかく慢性疲労と戦うべく、大量にビタミン剤を飲み込んで毎日を過ごした。

で、ようやく、8月最後の演奏までたどり着いた。


学芸大学駅が最寄りの、イタリアンレストラン、オステリア・ジャポネーゼでは、毎月最後の日曜日に演奏することになっている。

ベースの深山健太郎さんがリーダーで、ピアノに石田みどりさん、ドラムスが僕の、ピアノトリオでスタンダードを中心に演奏する。

ビバップ期の曲が多いのは僕にとってはほんとにいい経験で、お店も女性一人でも飲みに来られるくらいオープンな雰囲気で、とにかく食べ物も飲み物も言わずもがな、美味い! 旨い!

場所柄、常連さんには業界の方々もちらほらだが、とてもあたたかい人ばかりで、とにかく気さく(変態だという説もある)で、あっという間にみんな友達になる。

大人になると、例えば家庭があったり仕事があったりでなかなか人と知り合う機会がなくなってしまうけれど、ここに来ればきっと誰かに出会う。
ごく自然に。

みんな僕より年上の、素敵な大人の人たちばかりだ。
おいしい料理と熱い演奏があれば、笑顔にならない人はいない。

夏の疲れは、その時間、すっかり忘れてしまっていた。


この日、某大俳優さんがいい感じになって遊びにやってきた。

10月に、この深山健太郎トリオにゴダイゴのギタリストである浅野 孝已さんが加わって、松崎 しげるさんや、奇跡の歌声のソプラニスタである岡本 知高さん、そして元劇団四季の石丸 幹二さんとステージをともにするという大企画のお話をするためにやってきたということだったのだけど、、、、。

僕らの演奏をバックに素敵な歌声を披露してくれて、お客さんたちと超楽しくおしゃべりして、写真を撮って、それこそ大サービスのように、、、。


こんな雰囲気だ。

ここでの人との出会いは、大きく僕を変えた。
難しいことや大きなことへの挑戦も、僕のような若造にやらせてくれる。

もちろん十分に大きすぎるほどのプレッシャーではあるけれど、その門を通ってさらにまた誰かと会うことができる。
世代を超えて、僕は大先輩方から力をもらうことができるし、僕も彼らに新しい感覚を伝えることもできる。

ここまでフランクに親しくなれることなんてそうそうない。
価値観が心地よく入り交じる。


厨房からおいしい締めのコーヒーが運ばれてきた。
みんな怒濤のようにやってきて、怒濤のように帰っていく。
そりゃ、とってもにぎやかだ。

オーナーさんをふと見ると、一日のたくさんの料理を出し終えて、テーブルでオヤスミナサイ、、、。

ああ、何かが大きく展開するときは、一人じゃないし、とてもにぎやかなものなのだなぁと思う。

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天高く、

9月だ。

月日の経つのはほんとに早い。
何もできぬままに、ただただ時間が過ぎていく。

今月はどちらかというと籠って作業することが多いようだけど、あ、いや、いつもと変わらないようだ。


cubic starの3ヶ月連続ライブがとりあえず9月で一区切り。
二回とも来てくれた方をはじめ、参加してくれた方々、スタッフとして尽力してくれた方々には感謝の言葉もないほど感謝している。

ほんとにありがと。
あと一回もよろしくお願いします。

10月には茨城にいく。
お世話になっているイベンターさんのイベントに出るわけだ。
新曲も作らねば。

その後の展開は今月近々に事務所とミーティングして決めることになっている。

僕としては、cubic starは是が非でも、メンバーみんなを”食わせたい”一心で活動するつもりだ。
バンドで食えるようになるという馬鹿な夢など見ない。

現実のものにする。

あとはメンバーの気持ちと成長を信じるのみだ。
僕一人ではこれ以上の向上はないだろう。

とにかく大舞台に上げてみせる。

それができなきゃ、僕がいいと思っているパフォーマーたちを引っ張っていくことはできない。
アンダーグラウンドで、日の光が当たらぬまま、空を飛べぬまま、誰も地上へと導けぬまま終わるぐらいなら、僕は全てを止めてやる。

だから、絶対に成功させなくてはいけない。
手をつなぐべきたくさんの才能が存在してるのだ。
彼らとともに光を見るまでは、負けられない。


というわけで、9月。
少しずつ新しいバランスを築いていくために、またみんなの力を貸して下さい。


9/2(金)
小川晃一 × よしじまともひと
@下北沢three

9/13(火)
cubic star minimal orchestra 2011年宇宙旅行月間!
"progress live"
cubic star's three months trip!
@田町quarter note 
http://quarter-note.com/access.html

3ヶ月連続ライブの3回目。
出演時間 20:40~21:10

9/17(土)
梯子ノ上デ
@駒沢cafe FUNRUN

9/24(土)
柳田健一 × よしじまともひと
@浅草zinc

9/25(日)
深山健太郎 jazz trio
@学芸大学Osteria Giapponese(オステリア ジャポネーゼ)


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