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2011年8月20日 (土)

return to innocence

8/17(水)。
相変わらず暑い日だ。


この日は柳田さんとのデュオでの演奏の日。

連日の演奏と仕事の疲れは頂点に達していた。
入っていたリハーサルをやむなくキャンセルしてもらい、塾から帰ってきて入り時間まで休むことにした。

妹からメールが来ていた。
”今日は何の日だか覚えているかい?”

ももももも、もちろん。
おおおおお、おぼえているとも。
母上の誕生日だ。

柳田さんとサウンドチェックを終えたあとに、母上に電話した。
派手好きの僕とは逆に、上品な母だから、いっそ老化防止のためにド派手な服でも送ろうと思う。


池ノ上ルイナは8月いっぱいで店をたたむことになった。

ボブテイル時代からお世話になって約5年間。
先代の羽場さんは僕のことを天才坊やと呼んで、演奏する場所をなかなか見つけきれなかったthatに大きなチャンスをくれた。

ルイナのマスターのけんさんは、僕と才能あるアーティストを結びつけてくれた。
デールもここで出会った。
柳田さんもその一人だ。

柳田さんの音楽に対する強い思いに、僕は魅かれた。
僕のやったことのないスタイルのオリジナリティーはものすごく刺激的で、僕に新しい一面を加えてくれた。

彼も詞を書くが、多くは作詞家と組んで創作をしている。
そこも彼の魅力の一つ。

共同でものを作るということは、真に意味をなせば、その可能性を倍加させる。
それができるつながりというのは、今はそんなに多くないように思う。

かつて山田耕筰と北原白秋が組んだように、美しい文化を二人の作家が他領域からまとめあげるという面白みが今の音楽には紛うことなく欠けている。


不思議な出会いだった。
ちょうど僕はある時期、日本の歌ばかりを勉強していて、そのときに柳田さんと出会った。

彼は僕の知りたいことをたくさん知っていて、惜しげもなく僕にそれを話してくれた。
洋楽で育った僕は、日本人であるくせに日本の歌をあまりにも知らないことを恥じた。

ただ、日本の歌が僕は好きだった。
柳田さんは、”それなら僕と一緒に演奏しなきゃ”と声をかけてくれたわけだ。


その日から1年、ようやく一緒に演奏する機会ができて、彼の日本の歌に対する造詣に改めて心うたれた。
なにせ、発する言葉が美しい。
作詞家の黒木ハチさん、小林実さん、そして柳田さん本人の日本語詞の美しさは、僕の音楽感を大きく変えた。

メロディーと歌に対する思いが一層強くなったのは、間違いなく柳田さんとの出会いがあったからだと思う。


僕らはよく、リハーサルのあとに言葉についての話をする。
ポップスによくある、切れ切れになった語感は、言葉の死を意味するものだと。
誰もが口にできるような常套句を表現者が口にするのは、芸術家が思考を停止させている証だと。


音楽が、いつから”音を楽しむ”とかいう馬鹿な意味にすり替わったのかは知らない。

音楽の音は”人の声”で、楽は”器楽”を意味し、それは神の声の代弁だった。
音楽と言えば、人の言葉と神の言葉とが渾然一体となったものを表すはずだった。

いつからか言葉は意味を失い音に飲み込まれて、音は美しさを失った。


僕はいつも、音楽をもとあった場所に返したいと思っている。

僕にとって、柳田さんは、その答えの一つを持っている人だ。


”柳田ナイト”と銘打たれて2年半、彼はワンマンライブを池ノ上ルイナで続けてきた。
僕が加わったのは最後の半年。

これがルイナでの、最後の演奏だった。
彼が2年半で出会ってきた人たちが、この日、たくさん見に来てくれた。
席はあっという間に埋まった。


みんな、柳田さんの曲の、音楽の話をしている。
彼の音楽は、人に思考することを与えたのだ。
それが何なのかを議論するきっかけとなっている。

芸術が元あった場所に帰っているのを実感した。

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