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2011年7月

2011年7月29日 (金)

一週間の四方山。

7/29(金)。
夕立が来たようだ。
仕事から帰って疲れて寝ていた寝室に、気持ちよく屋根を叩く雨音で目が覚めた。


いつのことから書くべきか。

たしか22日ぐらいからいろいろあった気がするが。

その日の夜に事務所にメールをして、ダメ出しをしたような気がする。
つまらないものをほったらかしにしておく気はない。
まして、プロだというならなおさらだ。

僕は見る人全員に分かりやすくしようとか全部伝えようとか、一切思わないが、自分たちの芸術が他の要因で阻害されるのはこの上もなく腹立たしい。

と、言うようなことをメールした。


23(土)。
maikotobrancoのリハーサルを終えて、りゅうたどんとすなやまんと僕の3人で渋谷に出た。

live 8というソフトとMIDIキーボードを買った。
去年のパナソニックの音楽の仕事以降、エレクトロニカ音源をこつこつと作っていて、そのソロプロジェクトをさらにいろいろ大きくしたくてソフトを買ったわけだ。

使い慣れないから難しいけど、僕の中にアイディアはびっちり詰まってて、出したい音もあるから、おいおい真価を発揮してくれるだろう。


24(日)。
この日はデールとやってる”梯子ノ上デ”というバンドのライブだった。
このバンドがいつも演奏している、池ノ上ruinaが8月をもって閉店となるそうで、この日が梯子にとっては最後のruina出演になった。

思い入れのある店でとても寂しいが、久々にryo hamamotoこと、浜ちゃんにあった。
”うちら、おっさんになったよね”的な話をしたような気がする。
彼の歌は相変わらずよかった。

ジャズトリオでお世話になっている、ベースの深山健太郎さんが見に来てくれた。
突然でびっくり。
とても嬉しいびっくりだった。

音楽を仕事としてやっている人をお客さんとして誘うことは、僕はもうしなくなった。

僕ら音楽家は見たいものや聞きたいものには敏感だし、そういうものは自分の意志でチェックする。
付き合いで行くなんてことは、少なくとも僕にはできない芸当だ。
つまらなかったら2秒で出て行くだろう。
文句も言う気すら起こらない。

それは逆に僕自身にも課せられたプレッシャーでもある。
音楽に対して正直でいたいからだ。


梯子は、ギターのタカスギさんが抜けて3人で初めての演奏だった。
バンドから人が抜けることは、僕にはたまらなく寂しいことだ。
が、またいつか、道をともにする時が来るような気がする。


25(月)。
日程的に無理だと何度も断ったが、子供たちの顔を見るとそうも言ってられないんじゃないかと思い、塾の夏期講習の依頼を受けた。

8月の末日まで、ほぼ毎日約5時間を立ちっぱなしで喋り通す。
そんなプログラムだ。

この日、塾は夕方からで、午前からお昼は小川君とデュオのリハーサルをやった。
彼は手に入れたばかりのエフェクターをまるでおもちゃのように楽しみながら使って、もにょもにょと演奏していた。

慣れるのに時間がかかるだろうが、彼のことだ、抜群のセンスでいい曲に仕上げるだろう。

26(火)。
朝から塾だった。


27(水)。
朝から塾。
急いで帰ってきて、ご飯もろくに食べる暇もなく準備して、三軒茶屋のライブハウスに入る。
もーりーと一緒に、車で機材を運ぶ。
運転は楽しい。

先日来た台風には名前がついていると、もーりーが僕に教えてくれた。
”マーゴン”というのだそうだ。

彼は天才的にくだらないことを思いつく人間で、”マーゴン”を使って会話をしようと試みていた。

久々に演奏するそのライブハウスは、昔と全く変わっておらず、とにかく汚い、臭い、暗い。
炭坑のような見事な3K。
耳のイカれたPAの兄さんどもは当てにならんので、返しの音は極力小さめ。
だったはずだが、本番は嵐のような爆音だった。

最早この手のたぐいのサウンドチェックは必要なかろう。


7年ぶりに会うW大時代の友人が来てくれた。
会うだけでも嬉しいのに、一緒にご飯まで食べた。
夜じゃなかったら一日中飲んでいただろう、昔みたいに。


さらに、久しぶりに会う、シンガーのアシリレラも見に来てくれた。
相変わらずの酔っぱらいだが、彼女に初めて会った時は僕も相当むちゃくちゃな生活をしていたし、僕も酔っぱらいだった。

彼女の笑顔の素敵さはあの頃と変わっていない。
泥沼の墮天使だが、まぁ、僕も同じ人種だ。

彼女は馬鹿の紙を突き破った天才なんだろうが、僕は障子に指を突っ込むような感じで天才の方に行きたかった馬鹿、ということになる。


cubicのメンバーである、松本ちはやも遊びにきた。
もーりーの、彼女に対する”マーゴン”の仕込みは完璧だった。

も:”今日の気持ちはー?”
ち:”ま〜〜ごん、、、”

新手のお笑いコンビの誕生である。

ライブはよかったが、箱は最悪。

28(木)。
朝は塾。
酷い目眩で、マルチビタミン剤を飲み忘れたことに気付く。
とはいえ、ビタミン剤も軽い自己暗示みたいなもんだ。

30分、昼寝の時間ができた。

この日は柳田健一さんと僕のデュオのライブ。
場所は再び、池ノ上ruina。

店のマスターのけんさんも加えて、下北で揚げ出し豆腐を食べた。

やなぎだんとの話はいくら話しても尽きることはない。
彼は僕にブルースのよさを教えてくれた。
こんなに長い時間ブルースを聴くのは、今までの僕の人生の中になかったことだ。

素敵な音楽だ。

彼のワンマンには必ず常連さんが来る。
で、彼の音楽のことについてみんなで話す。

ミュージシャンへの愛とはこういうものなんだろう。
いい歌のある夜だった。


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2011年7月21日 (木)

1+1の哲学。

7/20(水)
雨が断続的に降る、比較的涼しい一日。


この国の、いや、もしかしたらこの国だけではないかもしれないけど、人は難しいものをシンプルにすべく、ジャンル分けしたがり、何かと区分を好む。


仕事は細分化され、それは自分の専門外だと押し付け合うことも多々ある。
どこに原因があるとはあえて言わないが。

くだらない上に嫉妬や嘘ばかりで生きていくのにこれっぽっちも役に立たない知識を、僕もまた引きずって生きている人間ではある。

塾の講師をばりばりやっていたときは、葛藤があった。
”果たして、分かりにくいものを分かりやすくいうことが、ほんとに理解を生むのか?”

知りたいという欲望の先に、見えることが二つ。
”答え”と”さらなる迷宮”。

受験に接する際は、知りたいという欲望の先は”答え”だ。
つまり教えるときは、理論は単純明快、とにかく分かりやすくスピーディーがモットーとなる。


自分の小さい頃のことを考えると、世界はもっと複雑だった。
分からないことにあふれていて、大人に聞いてもなんだかわけ分かんないことを言う。
だから自分で考える。
で、また大人に聞く。
この繰り返しだった。
人は何も教えてくれない、それが僕の考えの原点だと思う。


今に話を戻すと、塾に通う子供たちに多くは”答えを知れればいい”という目になっている。
汚い言い方をするのをご容赦願いたいが、ともすれば、莫迦な親が”答えを聞いてこい”などと子供に命令を下す。

それ聞いてどうすんよと僕としては思うわけだけど、彼らはそれによって満足するという流れ。

分かりにくいものを分かりやすくなんて、そもそもこんな嘘ついたやつは誰なんだ?


分かりやすいものなんて何一つこの世にはない。
共通の概念や社会的通念も所詮人が作り出したもので、時代が変わって価値観が刷新されれば、見るも無惨にくだけ散る。
その結果が”理解できない”という妄想を生むのではないか。


僕らは過去をどれだけ理解しているというのか?
はたまたどれだけ未来を予見できるというのか?

多分どちらも無理だろう。
できるのは位置づけだけで、それは”ジャンル分け”に等しい。


位置を決めて安心する。
それだけだ。


が、ビジネスにおいてこの方法論は大きな成功を収めた。
芸術が、売り手の触手の動きに合わせて区分される。
学問が、学ぶという安いファッションに落とされてバラ売りされる。

それらは誇りを剥奪された。


”誰でもそういう気持ちになるよねー”
”安いねー”
”そんなのもわかんねーの?”


はっ、なめんな。
そんな気持ちにもならんし、安くても買うかよ、そんなのわかるか。
簡略化されたものに魂はない。
日焼けでむけた皮ぐらいの価値だ。


だからといって、個性的であるということが、完全な独創性というわけではない。
たった一人しか考え得ないようなアイディアは、結局コミュニケーションの力を欠くからだ。

僕は難しいものは難しいまま伝えたいと思っている。
何かを伝えるときに、それに付随するパーツをバラ売りできない。
意味が変わってしまう。

”わからない”でいい。
逆に言葉で全て語られるようなものを自分が作ったとしたら、それはそれで己の力量不足を悟るだろう。


ただ、面白いと思うのは、難しいものを難しいまま出そうとして試行錯誤すると、不思議と普遍性という最終形態を迎えることだ。
しかもその普遍性は、決して言葉で説明できるものではなく、そのまとったオーラがそれを示すのみである。

作られた普遍性ではなく、進化の先であるということだ。

20日はほぼ一日、マイコトブランコのミックスをしていたのだが、作業が大詰めを迎えたときにぼんやりと頭にそんなことが浮かんでいた。

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2011年7月17日 (日)

hallo, Mr.dinosaur.

7/17(日)。

3連休中日、絵にもかけない猛暑。


日曜日はいつもならリハーサルが山のように入っていて、スタジオから一歩もでないことが常だが、この日は珍しく何もない日となっていた。

仮面ライダーを寝ぼけ眼で見て、朝ご飯にだらだらとヨーグルトを食べて、ちょっと本読んで二度寝。

怠惰の限りを尽くしたいところだけれども、性格的に何かやってないと落ち着かず、結局起きて、何しようかなぁとうんうんうなりながらパソコンに向かっていた。


美術館や博物館を巡るのは大好きだから調べてみると、空海展と恐竜博が目に飛び込んできた。


仏像大好きな僕だが、古代ロマンも捨て難い。
で、迷ってるうちに、三度寝。


三たび起きた頃には仏像を見ようと決心して、上野へ。
国立美術館に着いたものの妙に人が少ない。
で、係の人にきいたら、これ、まだ始まっていなかった。
しょんぼり、、、。


と、言うわけで。
気持ちを新たに、行ってきた、恐竜博!

レプリカとはいえ、ティラノサウルスとトリケラトプスの完全な骨格展示があるということで、入り口で僕のテンションは最高潮。

入ってすぐに恐竜の初期の骨格展示がされてあって、一気に古代にタイムスリップ。


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海洋学のことに関しては結構詳しいのだけど、恐竜のことはあまり詳しくない。
それでもこれがのっしのっしと地上を歩いていたかと思うと、やっぱり、こう、なんだか、熱くなるね!
男子的にっ!

ま、そこから先はもはや子供なので、あれやこれやは割愛。

巨大なティラノとトリケラの骨格を見たときは、さすがに声が出た。
なんせ、恐竜の2大ヒーロー。

僕は完全に子供と化した。


人の歴史なんかよりもずっとずっと長く、彼らは地上の王者として君臨していた。
その歴史そのものに圧倒されて、見ても見ても飽きることはなかった。


巨大であるということ自体がロマンっ!
大人も子供も、このロマンの前では、もう、、、ね!

そんなわけで、おすすめである。
だって、冒険の匂いがするじゃないか!


僕がいつもやることだが、こういう特別展示展にいくと必ずTシャツを買う。
今回もいいTシャツを買って、うはうはである。


はぁ、恐竜の背中に乗ってみたいわ。
ロマンだ、、、。

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crawler

7/15(金)。

猛暑は続く。
自宅から駒沢の駅まで行く間に、すっかりこんがり焼けてしまう。

この日はmaikotobrancoのりゅうたどんとミックス作業をすることになっていた。
まだ太陽がてっぺんまで昇りきっていない時間に動き始めて、小平へ向かった。

お昼は二人でおいしいうどんを食べた。


ミックスは、7/27(水)にやるライブでリリースとなるシングルCDR用のもの。

曲自体は随分前に完成していて、録音もだいぶ前にとったものだけど、地震で機材トラブルに見舞われるなどのごたごたで、すっかりリリースが遅くなってしまった。

3rdアルバムの”grey sky”のときのプログレ色をもっと噛み砕いて、マイコト流の独特のノイズ感とサイケデリアの海がよく混じったネクストステップをしっかり感じさせる曲になっている。

キーボードの位置付けがしっかりしている分、ミックスのバランスが猛烈に難しくて、たった2曲に相当な時間を費やした。

とはいえ、DIYの面白さはやっぱりなんといってもこういうところで、僕もりゅうたどんも”作る”ということからすべてを学び、次の”作る”に繋がる思考をこの作業でやっている訳だ。

0からたった1を生み出す作業と思うかもしれないが、そこまでにいろんなアイディアを積み重ねる必要がある。
本来、創作活動には一片の無駄もないと僕は思っている。あるいは、すべてが無駄か暇つぶしか。


演奏は身体性によるものだから、動きを磨くことに重点が置かれる。
結果、哲学や思想が失われることも多い。
これは批判ではないが、フリーフォームな演奏には時折身体性しか見出されず、思考が停止した状態と同レベルの状況に陥ってしまうパフォーマンスも昨今よく見る。

僕もお師匠に言われたし、また僕自身も自分の教え子に同じことを言ったけど、”考えることを止めてはいけない”、これに尽きる。

編集作業はいってしまえば、演奏という身体性と、創作という創造性を結ぶ、音楽を芸術に生まれ変わらせるプロセスにおける最大のキーポイント。
僕はそう考える。

というわけで、コーヒーをちびちびやって、冷たいアイスキャンディーを頬張りながら、ああでもないこうでもないと音をいじくり倒したのだった。

この日の夜、実はもう一件予定を入れていた。
赤坂某所で、いつもお世話になっているピアニストの石田みどりさんのセッションに加わる予定だったのだ。

ミックスですっかりくたくたになって、電車で久々にガン寝、、、。
滅多にしないような眠り方をしていた。


降りた駅から走って現場に駆けつけて、なんとかスタートに間に合った。

場所が場所なだけに、おそらく僕が最年少だったように思う。
お集りの方々はしゃんとしたスーツのおじさま、ドレス着の淑女、、、。

奈良美智さんのデザインのポップなTシャツに、ビリビリに穴のあいた灰色のジーンズの僕は、完全に敵地に乗り込んだ異教徒のよう、、、。

マスターの冷たい視線を感じながら、おそるおそるお店のなかへ。
そこでみどりさんに助けられました、、、。
目で殺されるかと思った、、、、。


ホストバンドの太鼓屋が不在ということで、へろへろの僕は休む間もなくバンドスタンドに入り、あとはノンストップスウィングと相成り、、、。


初めてお手合わせしたベースのおじさまも、すごくあたたかいおっちゃんでよかった。
正直、そこまで得意ではないオールドスタイルのジャズがほとんどだったので、相性が悪くなければいいなぁと思っていたけども、みどりさんをはじめ、みんながあたたかく声をかけてくれて、とりあえず一安心。

セッションにお客さんが加わるとより一層気を遣う感じで、なんとかオールドスタイルの引き出しを引っ張りながら、できるだけ分かりやすくソロを組み立てたり、吹きやすいように、歌いやすいようにと適度なプッシュを加えたり。

なんとか場が盛り上がるのに役に立って、この日は終了。


スタイルを演奏するのはとにかく大変なことだ。
ほとんどが知らない曲で、また、フィールなんかも”あのレコードのあの感じ”ってなもんだから、世代が違う暗黙の了解という奴がなっかなか難しい。

が、作家として、そういうのを生で触れることはとても有益なことだし、何より日頃話すことはほとんどないと思われる世代の人たちと気軽におしゃべりできることは、僕に新たなイマジネーションを与えてくれた。


疲れすぎててどうやって帰ったかをはっきり覚えておらず、気がついたら布団の上に倒れていたという、そんな日だった。


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2011年7月13日 (水)

100の孤独

7/13(水)。

昨日に続いて超猛暑。
節電を考えると、命が危ないのではないか。


昨夜は帰宅してから飲み直したのだけど、それが祟ったのか、それとも疲れすぎていたからなのか、とにかく頭が完全に覚醒して、眠りたいのに眠れず。

日が昇ってくるのを炭酸水を飲みながら見て、布団に入るも眠れず。

諦めて起きて、朝から業務メールのやり取りと、昨日の録音のチェックと、ブログの整理と、昨日きてくれた人にお礼メールの送信と、、、。

うとうと昼寝して、上記をさらにループ。


僕は、なにげにこのお礼メールというのが好きで、結構一日中どんなお礼の言葉を送ろうかと考える。


そのときには一人一人の顔が浮かんでいるのだけど、ファンというのは大袈裟かもしれないが、僕を好きで見に来てくれる人は最初は独りだった人が多いことに気付いた。

僕は相当な寂しがり屋だけども、寂しいと思えば思うほど一人になりたくなる。
孤独になりたくないと思いながら、それを手放せない。
そういう人間だ。

僕の作家活動を通して僕を好きになってくれる人たちも、同じ孤独をもっているような気がする。


いいたいことは山ほどあるのに、それがうまく口に出せないことがあるのは僕も多々あることで、彼らもまた同じように思う。
もしかしたら、その孤独のあり方が僕は好きなのかもしれないな。


昨夜は、そんな彼らが僕に伝えたいことを伝えようと、一生懸命話してくれた。
学の乏しい僕が、彼らの思いをどれだけ理解できたかは自分では計れない。

でも、その伝えようとしてくれる行為そのものが僕にはとてつもなく嬉しいことで、体が熱くなる思いがする。

まるで雑誌のロングインタビューのような質問の嵐も、僕は大好きだ。

”どうしてそんな音楽なのか”、”自分が感じたものが意図されたものなのか”などなど、とても興味深いし、ときには僕の思いもしなかった考えに結びつく。


芸術の作品に言葉はいらないという人もいる。
言葉がリミットを作るという人もいる。


でも、僕は、芸術には言葉がいると信じている。
カオスに歯止めをかけるのは言葉のリミットだと思っているし、抽象性に含まれる多分な誤解を軽減することも言葉が担ってると思う。

イマジネーションの可能性が無限だというならば、言葉の可能性もまた無限だとは言えないだろうか。

たとえ制限がかかるとしても、果たして僕らは死ぬまでにそのカオスのふちまでたどり着けるとは到底思えない。


100の孤独を言葉が補完していく。
それでも隙間はできる。
その隙間を音楽が、絵画が、哲学が補完していく。
ループ、ループ。


初めは独りだった人が、今はそうではなくなっている。

僕が作りたいものは”それ”。
だから、今、ようやく大作のパーツが出来上がってきたところ。

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crossing the Rubicon

7/12(火)。
快晴。

いよいよ夏本番の、連日猛暑。

お昼には、僕は田町にいた。
cubic starで演奏するためだ。

レインボーブリッジが目の前に見える埠頭。
潮の匂いがする。

ある日の突然のメールから始まった、メジャーレーベルとバトルする権利。

おそらく音楽好きの人が見れば一目瞭然だし、そうでない人でも薄々感づいているだろうけど、業界は今や死に体だ。

同じものしか生み出せない負の螺旋。
日本は確実に技術大国であるにも関わらず、作られる音のクオリティーは上がるどころか、急降下しているように思える。


メールが来たときもかなり長い間、拒み、放置していた。
メジャーという環境が創造性を開花させる環境では絶対にないと確信しているからだ。


数回メールをもらって、実際に会って話をしても、僕にはまだその世界が全くもって魅力的にはうつらなかった。

さらに丸まる2ヶ月悩みながら、その間も事務所と何度かミーティングしたが、僕の直感は変わることはない。
それは今でも。


ただ、ひとつだけ、面白いことを発見した。
今さら、ということかもしれないが、彼らは”営業屋”だといことだ。

そこからのミーティングには少しおもしろみが出た。

ものを作るのは間違いなく僕らだ。
それをいかにして売るかが彼らの仕事。

これまでに何度か業界の人と話してきたが、ほとんどの場合、”売れるものを作る”という呪縛のなかで話してきた。

営業屋はセールスが伸び悩むことをアーティストのせいにして、アーティストはアーティストで下らないものを作ってることに気付かずに、売れないことを営業屋のせいにする。

吐き気がするほど腐った関係だ。


今回の話はそうではなかった。
そこに興味を持った。
おそらく向こうさんもそうだろう。

僕らは本契約への第一歩を踏み出した。
同期の新人に混じって初めての顔合わせライブをしたのだが、一組以外はお世辞にもいいとは言えない、はっきり言ってしまえば低レベルな集団だ。

分かってはいたけれども。


簡単にいろんなものが手に入る今現在の環境は、人から”思考する”という大切な行為を奪った。

コミュニケーションは常に一方通行。
上澄みすらすくい上げられないイマジネーションは、もはやかたちをなすことなく破綻している。


人の思考こそ、芸術を高見にもっていくマスターピースなのに、それを失いつつある。
思考がなければ、その抽象性は補完されない。

きっと天国のアンディー・ウォーホルが大笑いしてるだろう。
”こいつら、きっかけを与えたのに、15分ですらヒーローを持続できない”って。


この日の演奏ははなから、”食う”ことが僕らの目的だった。

僕らは優等生ではないし、お人好しでもない。
同じように、僕らのお客さんもお人好しではない。
つまらないと判断したものは、ものの5秒で見ることを止める。

それは、僕ら自身にも課されたプレッシャーでもある。

もし、内包する哲学を音に乗せて出すことができるとしたら、もう一度、音楽は芸術として、元あった場所に帰ることができるだろう。
たとえそれがポップミュージックだとしても。


僕にとっては大きな決断だった。
メンバーのモチベーションを保ち続けることが僕の最優先の仕事でありながら、それと同時に確実に常にかっこいいものを作らなければならない重圧に見舞われる。

これに加えてビジネス的な交渉。
この交渉も、あくまでも芸術的でなくてはならない。


が、同じ場所に踏みとどまれば、僕の破滅を呼ぶ。

ルビコン河を渡る。
渡った先には世界の悲惨が待っているとカエサルは思っていたそうだ。

が、悲惨と破壊がイコールであるなら、そのあとには必ず浄化と再構築があるはずだ。

賽は投げられた訳だ。

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2011年7月 7日 (木)

77

7/7(木)。
曇りのち晴れ。


風のある、少し涼しい一日。

7/3にcubic starのリハーサルを終えてから、アレンジをずっと考えている。
歌入りの演奏を初めてやってみたのだが、なかなか僕の思うようにはならず、悪戦苦闘した。

新しいことをやるとき、このバンドはいつもこうだ。
cubic starは、バンドそのものが音楽の研究所的な存在。

メンバー全員が思考することによって成り立つことが理想で、そうすると、新しい方向に行くときはその思考に付きっきりになるのが常だ。

僕にとっては修練であるが、これを乗り越えたときには必ず次の大きなアイディアに繋がる。

朝はそんなことを考えながら洗濯物を干し、洗いものを済ませ、メールをチェックし、コーヒーでもいれるかでもう昼になった。


暑さで食欲もあんまりわかないから、適当にご飯。

午後は2時から柳田さんのリハーサル。

彼もまた僕と同じで、いっつも音楽のことばかり考えているようだ。
最近はピアノがどんどんよくなっていて、デュオもグルーヴだけでも十分に聴きごたえのある趣きになってきた。

柳田さんはできるだけいつも同じように演奏しようという考えがあるらしいが、いつも違う。
聴こえてくるいいものはその日その日で違うから、きっと彼自身はいつもの調子で弾いているつもりでも、いつも変わってくるのだろう。

僕の太鼓も踊った。


リハーサル後も小一時間、音楽のあれやこれやや、最近の生活のことについて話した。


作家同士の話は、どこに向かって話が進むか分からないから面白い。
興味のあることに関して話しだすと、お互いの観点が違っていて、まさかそんな側面から見ていたのかというシーンが多々ある。

”演奏”という肉体的な満足より、僕はやっぱりものを作るプロセスや、アイディアに至るそのひとの考えや経験の方に興味がある。


柳田さんはそういう経験を包み隠さず話してくれるのだが、それが何とも面白い。

そこまで含めてのリハーサルだった。

ところで、7/7は七夕ということだ。

僕の妹が
”そもそも旦那という奴は1年に一回家に帰ってきて、生存確認ができればあとはどうでもいい”
という、鬼婆発言をかつてしていたような、、、。

織姫と彦星はどうだか知らぬが。


で、どっちが鬼でどっちが福だっけ?

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2011年7月 2日 (土)

schedule for vengeance

7/1。
臨戦態勢。

いよいよここから1年。
cubic starで某メジャーを相手に大接近戦を繰り広げる。


”波に乗る”つもりはない。
”長いもの”に巻かれるつもりもない。
ビジネスによって芸術を支配したシステムに対する、これは宣戦布告。


僕は意地を張るつもりだ。
それが正しいか正しくないかではない。

これに関しては自分たちこそが正義だと言い張るつもりだ。
殊更、cubic starにおいては。

勝負には信念がいる。
それがあっても屈してしまうことだってあるのに。


とにかく、だ。
僕の野望は、アンダーグラウンドの創造性がいかに凄まじいかを見せつけることであり、その上で、僕が少なからず関わった素晴らしい表現者たちを一気に日の本に引っ張りだすことにある。

ビジネスの壁の破壊だ。

進化する芸術ありきの状態に持っていきたい。


というわけで、この7月から、今まで以上に火の玉になってパフォ−マンスしていこうと思う。
作家業の方はさらに深く潜りつつ。

反撃の狼煙。


7/12(火)
cubic star minimal orchestra
"cubic star's three months trip!"

progress live@田町quarter note 
http://quarter-note.com/access.html

3ヶ月連続ライブの1回目。
出演時間 18:40~19:10
前売り:2000円
当日 :2500円
ともにdr込み

the song of whales / cubic star minimal orchestra by small finger records





7/24(日)
梯子ノ上デ
@池ノ上 ruina

Ekitai / Hashigo-no-Uede by small finger records






7/27(水)
maikotobranco
@三軒茶屋ヘブンズドア

away by maikotobranco






7/28(木)
柳田健一 × よしじまともひと
"柳田night!"
@池ノ上 ruina

Wata / Yanagida Ken-ichi by small finger records





7/31(日)
深山健太郎trio
@学芸大学Osteria Giapponese(オステリア ジャポネーゼ)

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