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2011年5月11日 (水)

アルケミストの代価

錬金術は決して無から何かを生み出すということではない。
そこには必ず代価が必要だ。


僕も一応芸術家の端くれなのだけど、そんな端くれの者でさえも何かを生み出すには代価を要求される。

代価は人によって異なるだろう。
僕の場合、何かを代価にした結果にその何かをなくして、僕のイマジネーションの結晶である作品と同時に孤独と無理解と無関心と疲労が残る。

イマジネーションとはその人そのものであり、誰にも侵しがたいその人の聖域である。
その結晶はその人の宝であり、僕らのような表現者はその宝をさらけ出すことによって世の中と繋がろうとする。

僕の代価は人生そのものだ。
自分と向き合い自分を必死に磨きあげたところで、それが必ず報われるわけではない。

さらに、己のことだけを考えたとしても、音楽がそも人とのコミュニケーションである以上はうまくいかない。
ともに作品を作り出す仲間のためを思ってこそそれは継続可能となり、そこに向上と発展の光が射す。

とくに、グループのリーダーになってしまったらなおさらで、真っ先に犠牲になるのはいつも自分でなければならない。
少なくとも僕はそう思う。


かつて、偉大な漫画家の死に対して、偉大なコメディアンが”僕はあなたの作品です”という別れの言葉を述べた。
音楽における作品である”曲”というのは、”仲間”と同義語だと思っている。
すなわち、音楽における作品も”仲間”であり、”人”であると。


芸事に携わる人間が錬金術師だとするなら、それが一流になればなるほど、己の手は汚れ、人生は汚辱にまみれることになるかもしれない。


僕は、それでもいいと最近思えるようになってきた。

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