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2011年5月

2011年5月29日 (日)

ただいま調整中。

もともと眠りが浅い方で、すぐ起きてしまう質なのだが、ここのところいつにもましてすぐに起きてしまう。


貧乏性なのはリアル貧乏なので仕方がないとしても、常に何かをしていないと心が不安で満ちてしまう。

休みもとらず、四六時中音楽のことばかり考えていたせいか、ついには目を閉じると耳鳴りのように音が頭の中で鳴り続け、どうしようもなく疲れてしまった。

僕は家で創作活動ができる体勢をとってしまったので、実のところ家にいるのが一番落ち着かない。
さらに困ったことにアドレナリン全開の体質なわけで、休もうにも休めないようだ。

最近とある方法でうまくお昼寝をするということができるようになってきたが、自分ではうまく制御できない。方法は秘密。


今日はようやっと音楽から離れられた。
土砂降りの雨の中をドライブして、映画を見に行った。

僕の大好きなSF。

この瞬間はその世界にのめり込める。
頭がリセットされる思いだ。

テレビゲームや知恵の輪なんかもそうで、やってるときは煮詰まっていたアイディアもとりあえず置いといて、一定時間無心になれる。

その後にいいものができることも多い。


何かを作るということは、自分のコアに近づくことだ。
コアに触れるにはそれ相応の力がいる。

健康な体なら疲れているかどうかを自分で知ることができるかもしれないが、僕は慢性疲労持ちで、そのアンテナが壊れている状態。


湧きだし続ける思考を止めないと、一気に体を崩してしまう。


一週間は作ることをお休みしようと思う。
焦るとろくなことないからなぁ、僕は。

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2011年5月26日 (木)

白黒

己の弱さを知っていながら弱さに甘え、己では何もできないことを知っていながら己を何者かに仕立て上げる。
”安定”の笠を着て、堕落を覆い隠す。
長いものに巻かれることがステータスだと思い込み、ぶくぶくと欲望だけを太らせる。


人にとって生きる意味が単なる暇つぶしか、馴れ合いだというなら、僕のこの怒りの矛先は一体どこなのか。

往々にして、僕らはどんな悪環境にも慣れてしまう。
慣れは安定を生む。

それでいいじゃないか、何も問題ないじゃないか、と。


僕にはそれがない。
僕には、僕が安定できる場所などない。

道に足を一歩踏み出すことも、自分の住まいに足を踏み入れることも、僕にとっては同じ。


安らぎの場所は、いつからかなくなった。
捨てたのかもしれない。
欲しいものが、”安定感”ではなくなったのだ。
進化とスピ−ド感と刺激に飢え、意識に従順になった。


全て、スローモーションのように見えて、あまりにも遅すぎて、何もかもがもどかしい。

寝ることより休むことより、立ち続けて動き続けて考え続けて、何よりも誰よりも先に先に行きたい。

誰もついて来れなくても、誰が無理だといっても、僕は独り、前進することを望むだろう。
それは間違いなのだろうか。
エゴなのだろうか。


アイディアに満ちた先駆者は、心優しき革命家は、一体何を夢見たのだろう。
どんな孤独に耐えたのだろう。


矛盾した自分自身は葛藤。

白と黒が混じり合わない。
愛と憎が混じり合わない。


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2011年5月24日 (火)

VS

漠然とした不安は人の心を蝕む。
特効薬などない。

骨の髄までしゃぶられたら、絶望というシャレコウベだけになる。
まぁ、極彩色のシャレコウベだろうけど。

不安に勝つための方法。
人によっていろいろ違うかもしれないが、僕はヤンキー的にいえば”タイマン”。
目をそらさずにらみ合う。
あとは殴り合いか。

自分に巣食う不安が強敵なのは十分に分かっている。
奴を避けて通ることも、もしかしたらできるかもしれない。

が、向き合った瞬間に、闘志に火がついてしまうのはなぜだろうか。
決して赤い炎ではなく、青白く、身を焦がすようなじりじりとくすぶる炎だ。

絶望への大穴の一歩手前、そこが僕の足場。
不安に対して僕の切るべきカードは、”想像力”というたった一発のカウンターパンチのみ。
その一発だけで、逆転を狙う。

そもそも、この勝負はリングの真ん中から始まったわけじゃない。
はなからコーナーに釘付けにされていたのだ。
残された道は、不安をたたきつぶして、中央まで前進することだけ。


与えられたもので今を享受しているだけでは、芸術はいつか死ぬ。
自らの手で、自らの言葉を磨き上げなければならない。

不安はミックスアップの道具にすぎない。
強ければ強いほど、己の極限に挑戦できるというものだ。


正面から立ち向かった歴史上の人物たちが何を生み出してきたかは、もはや言うまでもあるまい。

芸術家、なめんな。
この一言に尽きる。

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2011年5月23日 (月)

漂流者

5/22。


始まりは、もういつだったか。
結成したときは今とは全く違う編成で、やりたいことができず、やきもきしていた。
頭の中にあるものをメンバーと共有できず、一度は解散したのだ。

再び同じ名を冠して立ち上がったときには、ドラムとベースがそれぞれ2人ずつ、ギターとキーボードを加えての計6人。
ダブルトリオ編成という、自分の中でもとても難しい編成になっていた。

作曲の勉強はここから始まったといっていい。
既成の参考音源がなく、民族音楽の隅々とエレクトロニカやロックの新しいリズムの分析をして、クラシックの緻密なメロディーや祈りに通じる聖歌まで聴きあさって、ようやくかたちができた頃には、今度はタップダンスを引き入れていた。

ブロードウェイのタップダンサーに関することといろいろ調べ、ダンスとしてではなく打楽器として、土着な雰囲気ではなく緻密なリズムの一部として、タップの音を組み込むのためにどうするべきかを毎日毎日考えた。


それがcubic star minimal orchestraの今を作っている。


今から約4年半前、そのcubic starで始めたイベントが"star tripper"だった。

イベントだからといっていつも出演バンドを変えるわけではなく、大きな編成と考えて、いつも同じメンツでやればそこに成長があるはずという思いで、このイベントは発足した。


concertmaster、ガリレオの案(現もんごり庵カレー)、gargle、小川晃一(元channa)そしてcubic star。


ビジネスばかりでいっこうに進歩のないメジャーシーンに対する、あるいはアンダーグラウンドに固執して、現状に対してなんの打開策も見いださないインディーシーンに対する反抗でもあったのだ。

どんな非難が来たってかまわなかったし、今もかまわない。


創造性の自由を自分たちの手元に取り戻すための、小さな戦いだった。

そのイベントが今回で9回目を迎えた。


山あり谷ありで、バンドのリーダーであり、このイベントの総責任者である僕は、ほんとに全員にどれだけ迷惑をかけたか知れない。

地下に潜ることを余儀なくされながらも、素晴らしい想像力とエネルギーで今もなお音楽を作り続ける彼らからはいつもたくさんパワーをもらう。

僕は、彼らを光の当たる場所へなんとしても引っ張りだしたいのだ。


そして毎回のように来てくれるお客さん。
もはやただのお客とか、そんな関係性じゃなく、僕らとともに小さな反抗を企てる冒険者だと思っている。


凄まじく熱のこもったイベントだった。

どのバンドにも間違いなく成長があって、ともにこのイベントを盛り上げてきたお客さんたちも自然なつながりができていた。


このイベントの10回目を前に、僕は一つの決断をした。
cubic starでメジャーレーベルと接近戦をすること。

オファーが来て、散々迷ったあげく、話に乗った。
まだ、デビューという訳ではない。
そのシーンで戦う権利を得た。

戦争するにも権利のいる世界だ。

あれだけ憎んでいたシーンでのバトルを受けたのは、他でもない、”けものみち”を作るためだ。

きっとcubic starで戦い抜けば、そこに道ができる。
僕が大事にしてきたstar tripperの面々やその他たくさんの想像力にあふれたバンドが、音楽が、そのならされた道を歩き、必ず一緒に戦う大きな力になってくれると信じている。


勝負は困難を極めるだろう。
僕は、どこまでメンバーを巻き込むべきなのか、未だに孤独な迷いのなかにいる。

1年という勝負期間でも、負け続ければ、1年以内に空中分解だってあり得る。
仮に分解しなかったとしても、敗者がどのつら下げて応援してくれたみんなの元に帰ればいいのか。
そのとき僕は、メンバーに対して何を言えばいいのか。

周囲のみんなは”この1年での結果が全てではないから、もしもこれで結果が出せなくても、長く続ければいい”といってくれた。

この言葉に溺れそうになる。
が、僕にはもう答えがある。

断固、勝ち進んで、活動を続ける。
この一点だけ。
敗走はしない。

必ず、力をつけて、今いる場所へ戻ってくる。
大好きな人たちと大好きな音楽を繋げるためだ。

打ち上げの席で、友人から夢をきかれた。
僕の夢は、こうして一緒にイベントをやってきた仲間や僕に関わる全ての人の表現に光を当てる道を作ることだと答えた。


飲み屋の大広間を貸し切っている。
向こう側の席では、初めて来たときは人見知りで口数の少ないお客さんだった人が、話に花を咲かせて大笑いしてる声が聞こえる。
このイベントで出会った人たちが繋がってきた証。


僕らはみな、漂流者。
でも、もはや独りではない。

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2011年5月21日 (土)

宇宙旅行

いよいよ明日だ。
半期に一度のイベント。

今回、僕にはひとつの決意がある。
このイベントを始め、僕の周りにいる人たちとずっと活動を続けていくための決意。
いいイベントになりますように。


5/22(日)
cubic star presents "star tripper" vol.9
@三軒茶屋グレープフルーツムーン

charge
当日¥2000+1d / 予約¥1500+1d / 団体予約¥1000+1d(3名以上でのご予約)

3名以上でご予約、ご来場で、チャージが変わります。
是非、お誘い合わせの上、お越し下さい。

お昼12時オープン 12時15分アニメ上映 12時半スタート
16時よりお客さんも巻き込んで打ち上げ。

小川晃一、gargle、concertmaster、cubic starの4バンドにもんごり庵カレーとアニメーターslowtempoががっちり手を結んだ毎度おなじみ、合同主催の真昼の宇宙旅行!

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2011年5月20日 (金)

ミックスの醍醐味

5/19。

よく晴れたいい日。
早起きして、たっぷり洗濯物をして、ミックスの仕事に出かけた。

音楽の編集作業は、maikotobrancoのこうどうりゅうた氏と二人でチームになってやっている。

こうどうさんは、パソコンが一家に一台になるかならないかの頃から、我流でコツコツレコーディングについての知識を貯め込んできた人だから、その道で食っている人に勝るとも劣らない。

僕は僕で、自分のバンドであるcubic starの2枚目のアルバムのミックス以来、その面白さにどっぷりはまってしまい、こうどうさんを始め、いろんな人に音の作り方や空間構造のことを聞いては、家にあるCDを片っ端から聴きまくって研究した。


そんなわけで、2人で音楽の編集作業をするとアイディアが終始出てきて、とても面白いのである。


音楽を演奏する人でも、真の意味でミックスの作業とは何かを知る人は少ないようだ。
ともすれば、この作業が面倒くさいというミュージシャンも非常に多い。


ミックスは、ただ単に音量を整え、曲を聴き易くするだけの作業ではない。

僕のミックスに対するイメージは、”化石発掘”に似ている。
マイクで拾った音はまるで砂をかぶった化石の様に埋もれた感じになっていて、そこから楽器の一番かっこいい音をきれいにくりぬいていく作業。
それがミックスの第1段階。
EQを調節して、あるべき音の姿を明らかにする作業なんかはまるで宝探しだ。


そこからようやく各楽器の音量バランスを整えにかかる。
そのときにも、必ずかぶってしまう周波数があるでるので、EQに手を入れつつ、どこにどの楽器を置くかを決めていく。

この時点で音像がキャラを持って、立体構造になる。

エフェクターを使いながら、細かくキャラを作っていく作業は、僕とこうどうさんとでいろいろ話しながらおこなわれて、その話が尽きることはない。


最近、エンジニアの廃業が相次いでいるという話を耳にした。
みんながパソコンを持ち、プロと同じソフトも買えるし、簡単に録音も編集もできる時代。

でも、決して機材が、ソフトがいいからといって、いい音楽が作れるわけではなく、いい編集ができるわけではない。

音の善し悪しをはかる耳と、様々なジャンルの持つかっこいい要素を知ってこその編集作業。

ほんとはこういうときこそ職人の技が生きてくるもんなんだけどなぁ。

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2011年5月18日 (水)

魔法陣

5/17。

”曲が書ける?”と聞かれて、当たり前だと迷わず即答したのが、う〜ん、たしか去年末だったか。

もうあれから随分たってしまったが、ようやく正式なオファーをもらった。
それは、打楽器アンサンブルコンクール用の作曲だ。

対象が、小学生、中学生、高校生とあって、どれが対象になるか分からなかったので、それぞれ用にちょびっとずつ断片を書き貯めてきた。

ある程度テクニカルなこともでき、力技がきく高校生用の曲が作るには一番楽だ。

逆に、まだ知識も経験も少ないのに、それなりのアピール性を持たせなければならない小学生用の曲は、作るのがとても難しい。

と、言うわけで、中、高の作曲はいい具合で進んでいて、小学生用だけイントロどまりだったのだが、よりによってオファーが来たのは小学生用だった。


何を聞かせどころとするか、テーマにするか、それを考えるところからして難しい。

数日間、暇さえあればそのことを考えていて、ふと塾の講師の仕事の際の子供とのやりとりを思い出した。


難しい受験問題を教える際、僕はヒヨコどもに解法テクニックをほとんど教えない。
じゃあ、そのときにどんな方法で理解させるか。

その答えは、”コミュニケーション”だ。
喋ることである。

なんでもないお喋りの中から、理屈を引っ張りだす。
一見”当たり前”と思っている事柄に注意を引きつける。

そのからくりの根本には、”シンプルなことは本当にシンプルなのか”という疑問がある。


草が緑色なのは当たり前なのか?、という疑問なんかと変わらない。


テクニックを排し、歌を紡ぐことをコンセプトに曲を書こうと決めると、そこからさらに新しい方向性が生まれた。
先生と生徒のコミュニケーションがそれだ。


先生と生徒がたくさん話し合わなければ完成しない曲にしたい。
譜面を追うことではなく、アンサンブルしたときの聞こえ方に注目したもの。

3拍子のはずなのに、譜面がなければ4拍子かあるいは他の拍子に聞こえる、タイムモジュレーションという僕の得意な手法を使った。


見た目は簡単な構造でも、力技では絶対に外れない知恵の輪のよう。

生徒と先生が一緒になってシンプルな構造の謎に迫るときに、曲が本当の姿を見せる。
そんなからくりを作るには、モジュレーションの魔法が最適だった。

厳しいながらも、会話が弾むのが目に浮かぶようだ。


曲はまだ書きかけだが、今回のこの仕事、作曲は僕で、アレンジが松本ちはやという、要するにデュオプロジェクト”やちよに”によるものになる。

ちはやんが地元で音楽の先生をしていることからこの話は始まっていて、彼女と子供達のやりとりに興味を持った僕が依頼を引き受けた形。

本格的にコンクールに向けたレッスンが始まったときには、きっと僕も立ち会うだろう。
今から楽しみだ。


小さな子供達は、ちはや先生の指導のもと、巨大な魔法陣を生み出すことになる、、、はず。

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2011年5月15日 (日)

let's celebrate!

5/14。
降り続いた雨は嘘のようにあがった。
青い空に、気持ちいい風。


W大学時代のサークルの先輩であり、大切な友人でもあるNさんの結婚式に出席した。
友人の式に参列するのは2度目だ。


今までに何人もの友人から招待をもらったが、ほぼ断ってきた。
披露宴というのが、僕はとにかく苦手なのだ。

人と人とが結ばれるのは幸せなことだ。
まして、それが仲のいい友人なら、まるで自分のことのように喜ばしいことに思える。


が、とにかく、式場のあの雰囲気が好きになれない。
特に料理にも興味が無いし、お約束のような催し物もげんなりするばかり。


音楽を中心に考えて生活してきたから、周囲の結婚ラッシュのときなんかは、正直、ご祝儀なんて払ってる場合じゃないくらい自分の生活でいっぱいいっぱいだった。


Nさんは、きっとそんな僕の性格や生活のこともよく知っていたのじゃないか。
式の出席のお誘いより先に、二次会で演奏をしてほしいとの依頼がきた。

式場での演奏の仕事は幾度かやったことはあるけれど、今回は僕の大切な友人の良き日のためのパーティーだ。
入っていた仕事をキャンセルして、依頼を受けた。
まだ僕がパンクやヘビーメタルなんかばかりをやっていた学生時代に、Nさんと初めてコピーバンドを組んでコピーした、スカパンクの名曲を演奏することになった。


奥さんがクリスチャンだということもあって、大きな教会で式は行われた。
披露宴はない。

静寂とパイプオルガン。

学生時代に一緒に飲んで、女の子の話に花が咲いたときのことを思い出した。
そんな過去と、教会で誓いの言葉を口にしてるNさんの今とのギャップが不謹慎にも可笑しくて笑いそうになり、でも一方では、彼の新しいこれからの人生を思い、涙が出そうにもなった。


と、書くと、いかにも感動の結婚式といった感じだが、スカパンクバンドのホーン隊と固まって座っていた僕には、8割ぐらいがおもしろエピソードとなる式だった、、、かも知れない。

神様、ごめんなさい。
次生まれかわるときは、僕は苔だろう、、、。

二次会の場所は、渋谷のジャズレストラン、JZ brat。
jazzに携わる僕にとっては、馴染みのある場所。

こんなところでまさか、スカパンクの演奏をするなんて思ってもみなかったが、なんせ下品なことは嫌いではないので、にやにやしながら18インチのグレッチのジャズキットをばきばきとしばくことになった。

新郎のNさんも加えて、一曲。
演奏しながら、まだろくに演奏もできなかった学生時代を思い出していた。

へたっぴで、何の技術も知識もないあの頃、Nさん達とコピーバンドをやりながら、どうやればかっこ良く演奏できるかをいろいろ話したり研究したりして、一生懸命練習したことを思い出す。

そこは紛れもなく僕の演奏活動の原点なのだ。
彼らがいなかったら、彼らに会わなかったら、僕の音楽家への道は開けなかっただろう。
よしんば、今みたいに音楽を仕事にすることができても、それによって発生する苦しみや孤独に、絶対に僕は耐えられなかっただろう。


三次会の席で、”ギャラは出ないどころか、リハーサル代もでないのによく参加してくれたね”と言われたが、僕の思いはそこにはない。

僕はあの学生のときから変わっていない。
彼らと演奏がしたい。
ただそれだけだった。

やるかやらないかを迷う理由はなかった。
一緒に演奏するとき、心が帰る場所は、彼らと一生懸命練習した学生の頃。


この先、僕はどこまで自分の力を伸ばしていけるか分からないけれど、どうなっても、彼らとはずっと演奏していきたいと思う。
三次会に駆けつけた新郎のNさんともそういう話をした。


なによりも、おめでとうと言いたい。
そして、そんな良き日に一緒に演奏させてくれてありがとう。

末永く、幸せでいてほしいものだ。

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2011年5月13日 (金)

daydream

集団における成功とは、一体どういうものなのか。
全員の夢の達成か、その集団のリーダーの夢の実現か、何かの犠牲の上に成り立つ茨の花か。

勝つことも負けることもただただ表と裏の関係にすぎない。
そもそも、戦うことを避ければ、勝ちも負けもないのだ。


バンドでどうこうということ自体、はっきり言って、むちゃくちゃダサい。
ダサいことは死ぬほど嫌いだ。
自分が許せなくなる。

が、仲間と夢を共有することは素晴らしいことだ。

ただ、その夢は僕個人の夢かもしれない。
仲間たちにとっての一番の望みではないかもしれない。

自分が望む道を行こうとすることで、僕は無意識のうちに大切な人たちの足止めをしているかもしれない。

どれだけ苦しんでも、どれだけ努力しても、僕はそういう仲間を苦難に巻き込む危険性を0%にすることは不可能だ。


成功は一体誰の夢なのか。
何をして成功というのか。

僕が何を差し出せば、全てがうまくいくのか。

白昼に見る夢は悪夢だろうか、正夢だろうか。

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2011年5月11日 (水)

アルケミストの代価

錬金術は決して無から何かを生み出すということではない。
そこには必ず代価が必要だ。


僕も一応芸術家の端くれなのだけど、そんな端くれの者でさえも何かを生み出すには代価を要求される。

代価は人によって異なるだろう。
僕の場合、何かを代価にした結果にその何かをなくして、僕のイマジネーションの結晶である作品と同時に孤独と無理解と無関心と疲労が残る。

イマジネーションとはその人そのものであり、誰にも侵しがたいその人の聖域である。
その結晶はその人の宝であり、僕らのような表現者はその宝をさらけ出すことによって世の中と繋がろうとする。

僕の代価は人生そのものだ。
自分と向き合い自分を必死に磨きあげたところで、それが必ず報われるわけではない。

さらに、己のことだけを考えたとしても、音楽がそも人とのコミュニケーションである以上はうまくいかない。
ともに作品を作り出す仲間のためを思ってこそそれは継続可能となり、そこに向上と発展の光が射す。

とくに、グループのリーダーになってしまったらなおさらで、真っ先に犠牲になるのはいつも自分でなければならない。
少なくとも僕はそう思う。


かつて、偉大な漫画家の死に対して、偉大なコメディアンが”僕はあなたの作品です”という別れの言葉を述べた。
音楽における作品である”曲”というのは、”仲間”と同義語だと思っている。
すなわち、音楽における作品も”仲間”であり、”人”であると。


芸事に携わる人間が錬金術師だとするなら、それが一流になればなるほど、己の手は汚れ、人生は汚辱にまみれることになるかもしれない。


僕は、それでもいいと最近思えるようになってきた。

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2011年5月 9日 (月)

その瞬間。

すっかり日中は熱くなり、夏を思わせる濃い緑がまぶしい季節になった。

レコーディング、編集作業、リハーサル、ライブ、作曲、体調不良。
さいころを振れば、このうちのどれかの目が出るここ数週間。

休みという休みがなくて、今現在も全力疾走をしっ放しなのだけど、そういう状況にあっても隙を見ては本を読み、スネアの練習をし、なんとか自分の時間を作り出せるように努力している。

持病の過酷さはおそらく僕本人にしか分からぬだろうが、僕と同じ症状を持ちながらも毎日一生懸命なにかをやってる人もいると思うと、そうそうツライだの何だのといっていられない。

5/8(日)に深山さんのジャズトリオで演奏をしたのだけど、そこのお店の常連さんが俳優の柴俊夫さんであることはどこかで述べたかもしれない。

時代劇大好きの僕は柴さんのファンで、柴さんがお店に来る度にいろんなお話を聞かせてもらっていた。

で、この5/8のトリオの演奏の際に、柴さんが主催しているチャリティーイベントに出演してほしいとのオファーを頂いた。

HIVなどの難病や過酷な生活を余儀なくされてる子供達を救うためのイベントだそうだが、僕の様に日頃はその辛さを隠し、なんとかしてみんなと同じように頑張っていこうしている人たちのためになるならと、迷うまでもなくオーケーを出した。


繋がる瞬間って、きっといつもこんな感じなんだろう。


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2011年5月 6日 (金)

星の行く先

長く長く続けてきたバンド、cubic star minimal orchestra。


最初は5人のよくある編成のインストバンドだった。
自分のアイディアを実現させるための、いわば実験用のグループだったが、メンバーがダブルトリオ編成になってからは試練の連続になった。


ダブルドラムのために、いろんな国の民族音楽から掘り返し、ベースが二人いることでオーケストラを基本にしてバランスの取り方を考え、タップダンスが入って、もう自分の手には負えないかもしれないという不安と、それとは逆にゾクゾクするような挑戦心を持つに至った。


今、バンドはパーカッションまで準レギュラーになって、さらにボーカルまで入れようとしている。

進化というのは想像力によって起こされるものだと思っているから、一つのレベルをクリアするたびに次のアイディアが自然にわいてきて、その想像力が自分でも予測がつかない方向に進むことが僕にとっての進化。


まだまだ計画段階だけど、水面下では大きな話が進んでいる。


僕は、自分で作る音楽には枠組みを作りたくないと、常々思っている。

世代も文化も言語も関係ない。
それが真の意味での芸術だと思っている。

誰もがその創造性の一部になることができる、そんな表現を目指して。


ある人とのメールのやり取りが進んでいる。
とてもワクワクする話だ。

かといって、すべてがうまくいく保証もない。
過去にモデルのない挑戦になるだろうこともお互いに分かっている。

でも、だからこそワクワクするんだろう。


たぶん僕は、死ぬまで戦い続けるんだろうな。
血の気の多いのは変わらないだろうから。

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風に吹かれて。

久しぶりに持病の慢性疲労症候群に屈した。

4月の終わりから休みなく続く演奏やらなんやらの仕事で、疲れたなと思ったら夜には熱が出た。
症状が風邪と違うのだけど、とりあえず花粉症もひどいし、慢性疲労にやられて風邪引くっていうのが僕の王道敗北パターンなので、薬を渋々飲んだ。

ただでさえ効きすぎる薬を飲み過ぎたために、一日中体がいうこときかず、ひどい目眩と倦怠感。
あとは、熱熱熱、、、。

GW明けもなんだかんだで音楽系の仕事が山積みで、ミックスあるわ、リハーサルあるわ、結婚式の演奏あるわ、打ち合わせあるわ、作曲の仕事たまってるわで、考え見たら休みがまるっきりない。

というわけだから、いっそのこと、今日は仕事を完全放棄してだらんと過ごした。


ボブ・ディランの”blowin' in the wind”が一日中頭を駆け巡っていた。
こんなにずっと同じ鼻歌を歌った日も近頃珍しい。

時代を超えて、今僕の頭の中を満たしていることがなんだか不思議で、こんなふうに後世に残る曲が、歌が作れたらいいなぁとぼんやり思った。


そんな日も悪くはないなぁ。

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along the longest way

一日一日が特別で、その日を大事に過ごせることが、人と人生を共有することだと、そんなふうに思う。

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2011年5月 3日 (火)

ヒエラルキーの誤解。

三角形のてっぺんが”とんがった部分”だということの定義は、少なくとも僕は聞いたことがない。

もう忘れるぐらい昔にくだらない学校教育で習った、食物連鎖だか、身分制度のピラミッドだかで、間違いだらけの概念を植え付けられ、いつしかとんがりの部分が”偉い”か、”最も強い”かという変な考えにたどり着くことに甘んじてはいないか。

三角形の裾がてっぺんになることだって考えられる。
そりゃ、コロンブスの卵の発想で、とんがりを力一杯地面に突き刺せばいい。

一瞬にして上下は逆転する。


とんがりの部分は果たして雲の上の存在か、はたまた地に埋もれた存在か。
いずれにせよ、その存在は全くもって偉くもなく、むしろ理解されず、身動きも取れない、ただ数が少ないだけの存在。
存在すら認知されたものかどうか。


僕はそこにいる。
自らはひたすらエネルギーを発するだけ。


雲の下か、あるいは地上か、そこには僕一人ではそのエネルギーを届けることはできない。

ヒエラルキーの概念は、数。
ただ”多い”か”少ない”かなだけで、それは優劣を表すものではない。


一番広い部分には、無関心という自由を楽しむ人が多く住んでいる。
僕は無関心になれるほど、生きることに慣れてはいない。

その次は、受け取る人。
僕にはその素直さはそもそもなかった。

雲か地か、そのラインを間近に見る、法を操る人。
僕の技術と知識はどこまで行っても、あるいは行けば行くほど己の内側に向けられた。
誰かにそれを伝えることではなく、自らに対して問い、その問いの迷宮で迷う。

目が覚めれば、ラインの向こう側。
地の底か、遥か雲の上。
自分の意志ではラインを越えることができず、目に見えない空気のように、ただその存在が法を操る者に気付かれるまで、ガラスのケースの中で独り、自動的に磨かれ、削られ、命の炎を燃やし、エネルギーと化す。


ラインを越えて、正しく優しい法術師が僕の手を握ったら、世界は変わるかもしれない。

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2011年5月 2日 (月)

皐月予定。

既に5/1の演奏は終わってしまったけど、5月の予定をアップします。

今月はレコーディングに、作曲の仕事に、結婚式の演奏にと、非公開なのが多めだけど、公開の演奏はどれもとてもいいイベントばかり!
まだ増えるかもだけど、、、。


一押しは半期に一度の”star tripper”なのだけど、他のライブも甲乙付けがたい内容!
是非遊びにきて、いろんなジャンルに触れてみてくださいっ。

5/8(日)
深山健太郎 jazz trio

深山健太郎(b)
石田みどり(pf)
よしじまともひと(drs)

@学芸大学Osteria Giapponese(オステリア ジャポネーゼ)
19時半〜(1st)
21時〜 (2nd)

5/22(日)
cubic star minimal orchestra
cubic star presents "star tripper" vol.9
@三軒茶屋グレープフルーツムーン
お昼12時〜16時

当日2000円+1dr
前売りorフライヤー持参 1500円+1dr
3人以上予約で一人1000円+1dr
http://www.smallfingerrecords.com/top.html

5/25(水)
柳田健一×よしじまともひと "柳田ナイト"
@池の上ルイナ
19時半〜
2000円+1dr


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thanks for being

5/1。

誕生日というものは、歳をとればとるほど恥ずかしくなるものである。

それなのに、そのうえ誕生日パーティーというのだから、顔から火どころか、ビッグバンでも起こりそうなほどだ。

ミュージシャンという人種は、基本どこまでいっても人様の骨にしゃぶりついて生きている寄生虫のような生き物らしく、そんな虫が自分の誕生日会なんて、んな馬鹿な話があるかい!と思っていたが、どうやら逆だったらしい。
こういうときにパーティーを開いて、日頃応援してくれているファンの方々や、お世話になった音楽仲間との交流の場を作るべきだと諭されて、結果こういうことになった。


場所は、僕の行きつけの近所のカフェ、FUNRUN。
栄養も生活も偏りがちで、ただでさえ持病でうんうんいってる僕の体調を整えてくれる、バランスのいい食事がとれる最高のカフェレストランがここなのだ。


この日、僕と一緒に演奏してくれたのは、、、

僕の活動の原点、僕にドラムを演奏する場所をくれたmaikotobrancoのリーダー、ギターボーカルの幸道隆太どん。

迷いに迷ってる僕を、再び音楽家への道に導いてくれた、パーカッショニストで、ボーカルの松本ちはや。

歌ものへの可能性を僕に示してくれて、大きな挑戦のチャンスをくれた、ギターボーカルの小川晃一。

で、音大時代、くそ下手っぴながらも苦楽をともにして、いつも一緒にオリジナリティーを追求し、磨きあげてきたピアノのもーりー、ウッドベースのすなやまん、ギターのたくぼん。

ピアノトリオはそののままに、サイドギターを入れたり、ボーカルだけを変えたセットというコンセプトで、美味しいビュッフェを楽しんでもらいながらの演奏ということにしたかった。


歌い手が変わるだけで、演奏は変幻自在に変わる。
同じことは二度と起こらない。
演奏の良さはそいうところにある。

お客さんも、日頃から演奏を見に来てくれる方だったり、または一緒に演奏や活動をしている仲間。

自分のアイデンティティーやスタイルは、ほんとに人生をともにしてきた彼らによって作られているのだなと実感した。

彼らが僕に与えてくれたものが、僕のフィルターを通して表に出ると、それが僕のオリジナリティーとなる。
それはこれからも変わらない。


ミュージシャンが歌うものとは思えない、みんなの歌う酷いバースデイソング(もーりーが”お前らみんな正座だっ”と叫びながらピアノを弾いていた)と、死ぬほど恥ずかしいケーキのろうそく消しの刑にあいながらも、心は笑顔と感謝の気持ちでいっぱいだった。

ありがとうという言葉も、実のところ死ぬほど恥ずかしい、、、。

表現者のくせに伝え下手という欠陥人間な僕だが、自分のことしか頭にない職業芸術家なんてのは唾吐きたくなるぐらい嫌悪する人間に自分がならぬよう、また、世間様になるだけ迷惑をかけないように勉強をして、今年こそは立派な大人になろうとは試みてはみようとは思っている、、、。

という、回りくどいことを言っている時点でアウトなのだけれども、、、。

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活動仲間、いつも見に来て頂いてる方々、FUNRUNの越後さんをはじめ、スタッフの方々。
ほんとにありがとう。

手元に残ったみんなからのプレゼント。


クジラの写真集や、トノサマガエルのキーホルダー、小さなハーモニカ、ワイン、などなど。

どうやってみんな僕の好きなものを知ったのだろうというほど、ピンポイントにツボをおさえたプレゼントに感謝します。

なるだけにやけ顔は外に出さないように平静を装っているが、、、。
ね、、、。


無理だな。

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