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2011年3月13日 (日)

祈り

止まっている心を少しでもほぐしたくて、日記を書いてみる。

今現在は3/13(日)の夜19時13分。

東北の地震が起きたのは3/11(金)のお昼の2時47分だったか。
大きな揺れを感じて僕が腕時計を見たのは確かその時間だった。


一瞬頭によぎったのは阪神大震災。
僕は家族とともに、引っ越しのために大阪から神戸を抜け、福岡へと向かった。
そう、地震のほんの少し前に、あの神戸の押しつぶされた高速道路を通り過ぎていたのだ。

あのとき、大阪の友達のことをものすごく心配した。
今のようにインターネットなどはなく、無事を知るには電話のみ。
テレビを食い入るに見ながら、ひたすら友達が生きていることを祈った。


祈るうちに、なんに対して祈っているのか分からなくなった。
仮に友達が生きていても、まるで映画のエンドロールのように1分、1秒の割合でなくなった人たちの名前が流れていく。

何を祈るのか。
何が自分の望みだったのか。


2時47分。
建物から外に走り出て、目が回るように揺れている空を見ながら、一瞬失いかけた気を自分の手元に戻して、道で震えている高校生を足場のいいとこに引き寄せた。

出来ることといったら、せめて身近にいる人だけでも勇気づけたり、安全を確保してあげたりすることだけだ。

揺れの大きさから、東京が震源地だろうと真っ先に僕は考えた。

もう、祈るのみ。
何も出来ないのだ。


でも、何を、何に祈ったんだろうか、もう分からなくなった。

温かい誰かの手、毛布、お茶やスープ、小刻みに揺れる子犬の鼓動。
何でもいいから、ただただ、被災した人たちに、ほんの少しでもいいからどうにか届けられればいい。


ひとかけらのぬくもりが人を救う。
そのぬくもりが一刻も早く彼らに届くことを僕は願っている。


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