« 円盤探しの旅 | トップページ | 無菌室 »

2011年3月26日 (土)

緋色の研究

3/26。
風がものすごく強い日。


maikotobrancoのリハーサル。
次のアルバムに向けての曲作りの前段階。
既に3曲は録り終えている。


新しいアイディアというのは、いつも原点から生まれてくるものだと僕は思っている。
とはいえ、原点と一言に言っても、どの時点がその人の原点なのかということは特定できない。


僕が小さい頃に父に無理矢理連れていかれたドライブでかかるビートルズやなんかがおそらく記憶に残る最古の影響であると思われるが、原点と言ったときに果たしてそこなのだろうかと考える。


幼少時に鬼のように怒る叔母に習ったクソ大嫌いなクラシックピアノ(クラシックピアノが嫌いなんじゃなくて、飽くまでも叔母に習うピアノが嫌だった)が原点かもしれないし、はたまた、小学生のときに年上の従兄弟が夜中に爆音で聴かせてくれたハードロックやヘヴィーメタルが原点かもしれないし、一人暮らしを始めて目覚まし代わりになっていたデスメタルがそうかもだし、大学時代に研究した民族文化で出会った民族音楽がそうかもしれないし、お師匠に出会ってのめり込むようにして聴いたジャズがそうかもしれない。


全てが水に溶かした絵の具のように混じって、出てくるものは”僕の言葉”、ただそれだけ。


グループで作り上げるアンサンブルでは、そういうもののマッチングがとても面白いのだ。


maikotobrancoのアイディアは、ブレインであるこうどうさんによって生み出される。

僕の考えのなかには”再発見”という工程がある。

昔のマイコトブランコの曲を今のメンバーでやってみて、そこからこうどうさんのルーツを探る。
僕らメンバーは血肉となってその体内をめぐる。
しかし、メンバーだからといって意思なくして演奏は成り立たず、そこにはそれぞれのルーツがしっかり見え隠れしていなければならない。

それがうまく混ざりあうことで曲は生まれかわり、そこから新しいアイディアへと発展する。


過去を振り返るというより、現在と過去を繋ぎ、自らを再発見する行為は創作活動においてとても重要だと思う。

全てが混じった地点が今の自分だけど、これは数秒後には変わることもあり得る。
有象無象は現実の水面に浮いていて、一見全ては繋がりがないように見える。

しかし、そこにこそ次の想像の断片が存在しているように思える。


アイディアをいつも新鮮なまま残し、その全てを実現させるには、自分たちの歴史を知る必要がある。

コナン・ドイルの”緋色の研究”の考察のように。


これは何も芸術に限ってのことではないということ。


|

« 円盤探しの旅 | トップページ | 無菌室 »

普段」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/482886/39378512

この記事へのトラックバック一覧です: 緋色の研究:

« 円盤探しの旅 | トップページ | 無菌室 »