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2011年2月20日 (日)

毎日の思い

2/20。
もう2月もあと一週間。

三寒四温の気候が春の匂いを感じさせておるわ。


さて、朝が早かった。
結局前日に気絶するように寝てしもうてアレンジの譜面は書けなかったので、朝6時に起きてせっせと譜面をこしらえた。

自分の曲じゃない物はほんとに難しいと改めて痛感した。
出来上がったイメージに押し流されてしまう。


でもその理由は簡単だ。
自分がその曲のことを実はよく分析できていないからだ。

中途半端に聞いて中途半端に頭に入れたつもりになると、結局頼りにするのは”元あった”形なのだ。

アレンジでアイディアを出すときは、絶対にイメージを一度解体して再構築することが必要だ。

つまり、”考えること”だ。

音楽といわず、芸術といわず、それは日常においても必要で、”こうでなきゃいけない”とか”こうであるはずだ”という凝り固まった考えが想像を阻害する。

身の回りに転がっているものは飽くまでも素材で、自分のフィルターを通して初めてその存在の輪郭が見えてくる。


なんでも便利になった今の世の中、僕らは考えることを放棄することが多くなってやしないか?

最近常々そう思う。


分かり易さというのは個人差もあるし、酷く抽象的な物差しだ。
ほんとにそれが好きだとか、それを知ってるという人なら、感覚が潜在意識として存在する以上、アンテナが自動受信する。
さらにその先を手に入れようとすれば、人は好奇心を潜在意識の中から呼び起こす。

”易い”ということが実はどれほど人の感覚を麻痺させているのかに気付かないうちに、人はその毒で全身の自由を奪われているんじゃないかと思う。


どんな巡り合わせか、立て続けにカバーをやることがここ最近多い。
人様の曲に手を出すときに、その曲の意思がつるんと入ってくるような錯覚を覚えるときがある。

この曲のかっこいいところはここだと、曲自身が教えてくれてるように。


朝は小川くん(小川晃一)と、cubic starのギターのたくぼん、ウッドベースのすなやまん、それに僕という編成で、キャロルキングの"you've got a friend"、ビートルズの"ノルウェーの森"、サイモン&ガーファンクルの”スカボロフェア”のカバーを練習。

2/27に近所のカフェで演奏するためだ。

自分の領域に曲を持ってくるまでにそれ相応の時間がかかるが、手元に寄せられた瞬間に意識がクロスオーバーする感じ。
僕らはその時間をものすごく楽しんだ。


お昼を食べて、cubic starのリハーサル。

4月の末日の新宿での演奏に向けたリハーサル。

前回の練習ではマイケルジャクソンの"スリラー"をやったのだけど、今日はその詰め。
パーカッショニストの松本ちはやも加わっての練習。
贅肉をそぎ落としたり、ソロの方向性を絞ったりと、ようやく完成が見えてきた。

さらにもう1曲。
ELO(エレクトリック ライト オーケストラ)の”トワイライト”のカバーに入る。

これも原曲のインパクトがとても強い曲だ。
エイトビートからぬけ出すために8分の6のアフロビートを引っ張りだした。

プログレッシヴな曲において、まず大事なのは、複雑なパーツの展開を結びつける理解力とイメージ力。

次の展開をよく理解して初めてそれぞれのパーツが生きてくる。
強靭なグルーヴは集中力が生み出す。
集中力はすなわち体力だ。
曲を展開させるにはこの集中力が必要なのだ。

繰り返しに飽きない集中力。
これが強靭なグルーヴの正体。

アフリカやキューバの音楽に見られる、延々と続くグルーヴが僕は好きだ。


辛抱強く同じ箇所を何回も練習した。

バンドの練習は潜水訓練に等しい。
誰かが息が持たなくなって水から頭を出したら、その時点でグルーヴは崩壊する。


僕はcubic starを強靭なバンドに仕上げたい。
集中力とイメージ力は日常の生活から得られるものだと僕は思っている。


うん、でも、自分を含め、みんな随分成長したな。
やれることが増えるのはいいことだ。

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