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2011年1月

2011年1月30日 (日)

30年の償い

父と2年ぶりに会った。

僕はもう東京に出てきて10年以上経つが、この時間と距離が僕と父の溝を逆に埋めたのだと思う。

実家にいたときはさほど口をきくこともなく、口をきいたと思えば意見があわなくて喧嘩ばかりだった。
ぶたれたこともあるし、家の廊下でどつきあい、座敷で口論になって投げ飛ばされたりと、まぁ、いろいろ。


そんな父と僕とは31歳の差があるわけだが、父は安保闘争のまっただ中に学生時代を送り、冷めた目でその闘争を見ていた。

僕は僕で、世の中の9割が退屈でつまらないと諦めていた学生時代。


父はチェリスト。
僕は太鼓屋。


喧嘩っ早さだけは、父も僕も同じ。

若い頃、父は職場の上司にたてついたそうな。
僕も同じことを職場で父と同じ年にやった。


僕と父の喧嘩の理由は分かっている。
究極の”似たもの同士”だ。

父にとって僕は30年前の自分、僕にとって父は30年後の自分。

お互いに本気で話すとイライラする。
ただそれだけ。
いつしかお互いに、思いを喋るのをやめていた。


今回、特に口論になることもなく、ただただ長く長く、お互いの思いを話した。

何かが変わるわけではない。
でも、父は今の世のあり方に間違いなく不満を持ってるし、それは僕が思っている不満と変わらなかった。

60を過ぎると急速に人は老けると誰かに言われたことがあったから心配していたが、相変わらずのとんがりようで、まぁ、ほっとした。

歯に衣着せぬ物言いは若干丸くなったように思う。
でも、小さい頃から僕が持っている、重たい父の存在感のイメージは全く薄れない。

今年、父はいよいよ定年で退職する。
銀行で一線を突っ走った30数年に幕が下りる。

僕は今日、本気で父に詫びた。
”お疲れさまは言えるけど、僕は親父に何もしてあげられない”と。

こんなに情けないことはないと、心の底から思う。
僕には何の力もない。

言葉が何の足しになるというのか。


やるべきこと、やらなければいけないと自分で決心したことが、大きな犠牲を生んでいるのは分かる。
それにしても、情けないと思った。


30年の埋め合わせを僕はどう埋めればいいのか、今はまだ分からない。

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2011年1月28日 (金)

hello darkness

小さなレーベルだけど、どうにかこうにかコンスタントにCDを出して、いよいよ今回は8枚目。

小川晃一のデビューアルバム”hello darkness, my old friend”に携わることが出来た。
110127_2001_01

小川くんとの出会いは今でも忘れない。
特に期待もしていないつまんない用事で行ったライブハウスで出会った。


一番手で出てきたバンドが、よくあるギターポップのサウンドで演奏を始めた。
はっきり言ってしまえば凡庸ではあるけど、居心地の悪い音ではないので、しばらく聴いていたわけだ。

で、イントロが終わって、ボーカルが入る。

そこで僕はノックアウト。
全く予想できない歌のよさに思わず食い入るように聴いて、終わった直後に声をかけた。


飲み友達になるのはあっという間だった。

テクニカルな話しではないけども、彼の曲はとても珍しい雰囲気を持っていて、並のバンドマンではおそらく彼の曲の本性を暴けなかったのだろう。

歌とメロディーだけを聴くと、ジョニミッチェルやサイモン&ガーファンクルのようなフォークサウンド。

多くの人たちはこういうフォークの音を知ってるだろうけど、演奏するとなるとこれがまた難しい。
たいていの場合、こういうアーティストのバックバンドはいわゆるバンドマンではなく、ジャズメンだったり、あるいは自分も自立した一人のアーティストだったりするからだ。

小川くんは幾度もメンバーを替え、そのたびに僕は彼の演奏を見に行ったが、なかなか彼自身が満足してるときはなかった。


そのうち、彼は弾き語りで一人活動を始めた。
その頃、僕もたまたまアコースティックのバンド”that”が、メンバーの渡米によって活動休止になることが決まった。


で、一昨年の年末、喫茶店で。

”thatをバックバンドに加えて、一緒に演奏をしよう”

それで作品制作スタート。
1年かけてようやく完成した。

今度こそ完璧に曲のよさを引き出すために、小川くんと二人でよくアレンジを考えて、thatのメンバーをはじめ、いろんな演奏者に録音を手伝ってもらった。


時代に合うものではないかもしれないが、出来上がった作品は、僕個人はコンセプトアルバムだと思っている。

曲同士が紡ぐ物語がそこにはあると思う。

僕らインディーズがやるべきことはひたすらいいものを作るということだ。
小川くんのアルバムもまた、その良いものの一つに加わる。

たくさんの人に届くといい。
全国発売は2/28を予定している。

その中から1曲。
小川晃一+thatで、”魚の見た夢と一日の終わり”
http://bit.ly/exT8cw

ちなみにthatはこういうバンド。
"gear heart"
http://soundcloud.com/small-finger-records/gear-heart-that

小川くんのアルバムは先行でこっそり発売中で、欲しい方はぜひ連絡をください。

ちなみにthatはアマゾンで買えます。
http://www.amazon.co.jp/sanctuary-that/dp/B001UEGE1Y/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1259158745&sr=8-1

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2011年1月26日 (水)

八千代に

長いこと太鼓屋として演奏してきたけれども、やっぱり音楽で一番好きなのは”歌”。

結局そういうこともあって太鼓屋専門にはならず、いつの間にか作曲を始めたわけだけど、インストものだけでは心のバランスがとれなくなる。

言いたいことはどうやっても言葉になってくるし、抽象的な音だけではどうしても満足しない。


少し前に活動していたthatというバンドが休止状態になったときに、僕はものすごく不安になった。
言葉を吐き出すということはとても自然で、健康的なことだ。
その場がなくなると僕は思った。


自分が歌うために曲を書くのではなく、歌ってほしい人がいるから歌詞が生まれて、曲が出来る。

僕個人が自らの声で歌うということは考えにはなくて、誰かの声でそれを歌ってもらうことが必要だった。


去年末から”やちよに”というデュオを始めた。
最近はほとんどこれで頭がいっぱいだ。

なにせ、とにかく曲を書くこと以外は慣れないことばかりだ。

ボーカルをとってるのは、本職はパーカッショニストの松本ちはや。
で、僕も本職はドラムなのだけど、このユニットではアコーディオン。


なにかを始めたいと思っていた。
何かを責めたり、止まってもがいてても仕方がないと思った。


僕にはまだ出来ることがある。
アコーディオンは全くの素人だけど、ここにきてまた一から何かを始めるのも悪くないと思っている。

常に変化と新鮮さが欲しい。
新しい言葉を常に発していきたい。


”やちよに”のライブの予定はないけど、しばらくは曲を作り貯めて、出来たら録音してシングルをちょこちょこだし、あとは練習をたくさんやって、今年中にはお披露目といきたいところだ。


出来ることを全部やろう。
そんなに器用なわけじゃないけど、それでいいんじゃないか。

長く続けて、言いたいことが言えるようになればいい。


Waltz_ep_web

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push

少し前までは、こうだと決めたことのみがやりたくて、ただそれだけのために走っていたのだけど、今ここに来て広い視野を持つようになってきた。

思い返せば、おそらく自信がなかったのだ。
飲まれたり流されたりするかもしれないことが怖かったのだと思う。


先週末には初めてピアノ弾き語りの柳田健一と演奏をした。
僕の今までの活動の中にはなかったタイプの人で、発見がたくさんあったし、開いていなかった引き出しがまた一つ開くことになった。

”自分はこうだ”というのはたしかにあるけど、それは自分だけで作り上げたものではない。
たくさんの人との出会いが血肉となる。

長く続けてきたmaikotobrancoやcubic starがそうであるように、ひとつひとつそれぞれの引き出しが開くたびに人との出会いがあってよかったなぁと心から思う。

出会いがあるから次々とプロジェクトが立ち上がっていると言えるだろう。

去年始めた小川くんとの演奏は2月のアルバムリリースに結びついたし、デールとの演奏もレコーディングが進んでいる。

始めたばかりの”やちよに”もまさか自分がアコーディオンの弾き語りをするなんて夢にも思ってなかった。

そのほか、いろんなアーティストのレコーディングへの参加やエンジニアやプロデュースまで、気づいたら出来ることを全部やってしまおうってスタイルになっていた。

おかげで2月のスケジュールは十分にパンパンになった。

息の長い活動ってのは、僕個人においては特に望んでいない。
太ければ短くていいと思っている。
ただ誰かが僕にひっきりなしに声をかけてくれる、それが僕の息を長くしている。

そういうことのようだ。
とてもありがたい。


今年は多産な年になるような気がする。
誰かのために曲を書きたいと思うようになったのは、それだけいい出会いがあったからに他ならない。

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2011年1月20日 (木)

schedule for heaven 2月の予定

僕はSFが大好きなのだけど、特にその中でも好きなのが”時間軸”の話題。

ある一つの分岐点がその後のたくさんのストーリーを生むところがとても面白くて、
例えば小説ではそのうちの一つの道筋しか語られてなくても、その裏を想像することが時間軸の話題の醍醐味だったりする。

人の出会いもそういうもので、いい出会い方をしてもともに歩めず、ひどい出会い方をしてもお互いを理解して肩を寄せ合って生きていくことになることだってある。

別の時間軸ではそうでない道があるかもしれない。
そう思うとものすごく寂しくなったりする。

それでも時間は流れるし、今生きているこの時間軸だけが僕にとっては真実なのだ。


2011年が始まったばかりだけれど、ほんの1ヶ月経たない間にもすでにたくさんの人と会い、話し、一緒に何かを作り上げていくことになった。


今年は、僕は走る。
決して体が頑丈な方ではないけれど、健康を気にして守りに入るのは、後手になるのは大っ嫌いだ。
倒れたときに後悔しないように。

今考えることはそれだけでいい。
天国行きでかまわない。

表立った活動の予定を挙げてみようと思う。
すばらしい演奏者との共演や自身のバンドなど、目白押しなのだ。

興味を持たれた方、ぜひぜひこの機会に足を運んでいただけたらと思う。


1/22(土)
柳田健一ワンマン @池ノ上bar ruina
http://snd.sc/hfDXN5

2/6(日)
maikotobranco×bar ruina @池ノ上bar ruina
http://soundcloud.com/small-finger-records/hate-my-way-maikotobranco


2/9(水)
柳田健一 @三軒茶屋grapefruit moon


2/11(金)
梯子ノ上デ(泥流) @渋谷wasted time
http://www.myspace.com/doronagashi


2/13(日)
梯子ノ上デ @池ノ上bar ruina


追加
2/27(日)お昼
小川晃一カルテット @駒沢大学カフェ funrun
http://r.tabelog.com/tokyo/A1317/A131707/13053594/

2/27(日)夜
深山健太郎trio @学芸大学レストラン Osteria Giapponese(オステリア ジャポネーゼ)
http://r.tabelog.com/tokyo/A1317/A131702/13050542/

人に会おう。
それが人生を豊かにする。

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2011年1月14日 (金)

runrunrun

と、気づいたら近所のいつも行くカフェで、コーヒーをちびちびすすっていた。

1週間がもう過ぎた。
とにかく人に会う1週間だった。

飲んでは話す、飲んでは話す。
酔っぱらったまま目が覚めて、また人に会って、飲んでは話す。

世代も上から下までいろんな人と会って、ずっと話している。
眠くなって目が閉じても口だけは動いてる。

そんな最中に現実逃避したりライブ見に行ったりもして、また凄いことにその直後に仕事に行く。
一体自分が何屋だかわからなくなってきたりするもんだけど、もうこの際肩書きはどうでもよくて、
やれることを地べた這いずり回ってやれるだけやって、それで逝ったらハイそれまでよでいいじゃないかで走り回ると、勝手に足も動きだす。


別に信じてもいない商品の営業をやるより、ひたすら自分の身のみを信じてそれを売り込む方が嘘がなくていい。

売れなきゃ自分に魅力がないだけの話だ。
わかりやすい。

走ろう走ろう、誰かに会える。
僕のいるべき場所が必ずどこかにある。

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2011年1月10日 (月)

2000年代の10選(後編)

後編です。

tortoise
2001 standards
51wetgexspl_sl500_aa300_
”音響派”いう言葉が広まったのは、トータスの異常なまでの音像にこだわる姿勢によるものだろうが、その音像の究極のスタンダードがアルバム”standards”。
アメリカの国旗をジャケットに掲げ、”アメリカが世界のスタンダードか?”という提議を含みながら、アナログ・デジタルの双方のいいところを巧みに使い分けて、楽曲面でもアフリカンビート、ロックビート、果てはエレクトロニクスまで、民族性のるつぼと化したアート作品を作り上げた。
現在のようなダウンロード主流の音楽のあり方では、コンセプトアルバムは非常に作りづらい。
1曲単位ではなく、アルバムひと作品を通して表現に触れることが必要だからだ。
長尺のアルバムが近年あまり見られないのも、ダウンロードによる配信が原因だろう。
トータスはこのアルバム後の"it's all around you"もすばらしい。

matmos
2001 a chance to cut is a chance to cure
51mle0avul_sl500_aa300_
デジタルテクノロジーが発達すると、音楽の作り方も大きく変わってくる。
ovalやaphex twinのような電子音響も新しい音楽のあり方だった。
matmosはその技術を生かして、サンプリングによって音楽全体を作り上げる。
ギターはギター、ドラムはドラムというようなイメージ通りの音ではなく、音そのものを哲学して、それに意味を与える。ちなみにこのアルバムに関しては、手術室でサンプリングされた音が中心になって音楽が出来ている。
テクノ的な手法と今のテクノロジーの融合で、無国籍なサウンドを生み出した。
bjorkのトラックメイクも彼らによるもの。


ethan rose
2006 ceiling songs
51jlhehhhjl_sl500_aa300_
イーサンローズもまたサンプリングの名手。
音の編集がより緻密にできるようになったことで、どんな小さな音でも組み込んで意味合いを出せば、こんな音楽が作れるのかとただただ驚いた。
日常にあるものが非日常の音を作り出していることに気づいたイーサンの音世界は、特殊でありながらどこか古いフォークソングのようなメロディーにも聴こえる。
ノイズを操ってはいるものの、ノイズミュージックとは遠く遠くにある存在になった、一つの完成型のようにも思える。

gretchen parlato
2009 in a dream
51nszrsdt6l_sl500_aa300_
あまりのバランスのよさに、どこに位置づけしていいのかわからないものってのが時々あるけれど、それがまさにグレッチェンの音楽。
南米のリズムが主体なのかと思うとそうでもなく、アフリカのリズムだけにもよらず、メロディーはとてつもなく洗練されている。
”in a dream”の方を10選の一つに挙げるが、1stの”gretchen parlato”を聴かなければ、その根底にあるものがなんだったかはわからないだろう。
”in a dream”では複雑なリズムをやや抑えて、オリジナルの曲を中心に聴かせている。あまりにも自然であるために、ものすごく良質のポップスであると認識するだろうけど、それはそれは、、、毎日聴いても発見があるし、この民族性の自然浸透は凄い。

alasnoaxis( jim black )
2002 splay
51ehzkcuvvl_sl500_aa300_
どれだけの人が知っているかはわからないが、ついこの頃、”ブルックリン派”という言葉を耳にすることが増えた。これがまた不思議な連中で、とにかく民族性はごちゃ混ぜ、根っこがどこにあるかわからない。
ブルックリンは芸術家が住む町として有名だけど、少し前に”ダウンタウン派”と呼ばれる連中がいた。おそらくブルックリン派の根っこはここじゃないかと思う。
その筆頭が僕の中ではジムブラックを中心としたアラスノーアクシス。
そもそも彼らはジャズミュージシャンなんだけど、驚くべき音像の1stアルバムを作っている。
マイブラッディーバレンタインやソニックユースに目を向けたジャズ屋が、本気でそっちを好きになるとこんな音楽になる。
それが2ndの”splay”。
ジャズのように歌にそったリズム感と、ロックが生み出すノイズが不思議なバランスで成立している。
はっきりと二つのジャンルの架け橋になれる存在で、ほんとにおいしいところだけを思いっきり凝縮。これが凄い。
その後、ユダヤの音楽やミニマルを取り入れてどんどん深みを増し、2009年に ”houseplant”を発表。

以上である。
みなさんの10選はどうでしたか?
こうやって考えて聞き返すと、時代の意思に親近感を覚えられるかもしれません。

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2000年代の10選(前編)

10年という単位で時代を彩る様々な出来事があるけど、表現物に関してもそれがいえる。
1970年代生まれの僕にとっては多感な時期は90年代ではあったが、その頃、父を筆頭に周囲のいろんな人の影響を受け、時代にあったものと大人が教えてくれるものの中から自分の好きなものを選んできた。

幼い頃から音楽マニアと接することが多かったので、邦楽より洋楽ばかりを聴いてたわけだけど、大人になって振り返ってみると、日本の音楽に比べて海外のそれは直接的に時代背景をもとに生み出されることが多く、政治的なことや民族・人種の問題を含みながら、プライベートな言葉で歌われたり演奏されたりしている。

それが好きというのもなんかおかしな話だけれど、少なくともそこには”癒し”という感覚はなく、むしろもっと暴力的であったり衝動的であったり、とにかく何かを変えたいとか、反抗するべきものとの戦う意思だとか、ときには慟哭のような深い悲しみや怒りも叩き付けられる。

芸術というものはそれをプラスに昇華するものだと僕は思っている。
危ない言葉であっても人の心を貫き、生きる糧に出来るほどに。

2000年以降、新しい世紀が始まっても僕らの時間の流れ方は変わらない。
今に続くものが過去であり、未来である。

とはいえ、ネットワークの進化が遠くにあったはずのものを一気に手元に寄せることに成功して、それによって起こったことは”急速な異文化のクロスオーバー”であるように僕は思う。
2000〜2009年までの、記憶に残るアルバム10選を挙げてみた。
”民族性とそのクロスオーバー”を観点にしている。
ジャンルは問わない。

しかし、これはあくまでも僕的な観点。

もちろん十人十色の観点がある。
なので、もし、”いやいやそれは違うよ”とか、”これも入れていいでしょう”とか、
そういうものがあれば、みなさん、ぜひぜひ、リストアップしてみてほしい。
きっと様々な側面から00年代を見ることが出来るだろう。


mice parade
2001 mokoondi
51jl1huz1zl_sl500_aa300_
まず僕的に筆頭はマイスパレードの”mokoondi”
このアルバムを出した時点では、まだポストロックなんていう胡散臭いジャンルで呼ばれていたが、彼らの音楽はカエターノベローゾやジルベルトジルといった”トロピカリズモ”の系譜をしっかりと辿っている。
ブラジルをはじめとする、南米のリズムを継承してミニマルな現代音楽との融合を見たのがmokoondiだろう。
その後のアルバム"obrigado saudade"ではボーカルまで入ってメロディーとリズムの緻密な結びつきを示すなど、ロックンロールから出てきた新時代の表現といえる。

mum
2002 finally we are no one
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今でこそ定着したエレクトロニクスと生楽器とボイスという編成において、見事に民族性を打ち出したのがムームの"finally we are no one"。
アイスランド出身の音楽が世界に響き渡った時代が00年代。
エレクトロニカ自体はそれ以前からあるが、ムームの持つメロディー感は間違いなくアイスランドのもので、bjorkもそうだが、アイスランドの民謡が持つ空気感が色濃く反映されている。
このあとムームはメンバーを一新して大所帯となり、2007年には"go go smear the poison ivy"を発表、そこにおいてもアイスランドの民族性はしっかり残っている。

sigur ros
2002 ( )
51llqi6hvrl_sl500_aa300_
またしてもアイスランド産のバンド、シガーロス。
まるで新しい音楽を聴いたような1999年のアルバム"Ágætis byrjun"だったが、僕が挙げるのは2002年のアルバム" ( ) "。
シガーロスが作り上げた造語によって歌われ、もはやアルバムのタイトルまでも記号と化し、美しい世界を作り上げた点は、あらゆる言語の壁を超えた。
ちょっと聴きシンプルに聴こえるかもだが、よくよく聴き込むと、恐ろしいまでの緻密なメロディーとアレンジに鳥肌が立つ。
シガーロス以降、バンドサウンドの可能性は間違いなく拡大した。

ua
2004 sun
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日本も凄いことになっている。
ノイズミュージックに傾倒しがちでエクストリームによったアンダーグラウンドシーンと、”和製〜”のようなオリジナリティーを欠いたメジャーシーンの間に、突然出てきた様に思えたUAのアルバム”sun”。
日本の美しいメロディーを背景にを残しつつ、アジアやアフリカのリズムとサウンド感を絶妙に交差させた表現。
かつての歌姫的なイメージはもうそこにはなく、あまりにも自由で強烈な音楽性に過去のファンは驚いたようだったが、過去からUAを好きだった僕にとっては、これぞ彼女の本性と思ったし、日本の表現の凄みをびりびりと感じた。

the mars volta
2006 amputechture
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ハードロックやヘビーメタルが下火の時代。
新鮮味を失ったということが原因かもしれないが、ロックが伝統芸になると人は見向きもしなくなる。
それとは逆に70年代に一世を風靡したプログレッシブロックに再度注目が集まったのもこの00年代。
プログレッシブロックはイギリスで起こったジャズブームがトラッドミュージックと結びついて出来たものだと考えられるけど、曲構成がクラシックのように長く、また複雑であるというのが特徴。
ロックは”キメラの音楽”と言った人がいたが、何かが下火やガラスケース入りになると、それを温めてきた人が必ず何かを生み出す。
それがマーズボルタの”amputechture”。
複雑な構成とハードコアなエクストリーム感が特徴だけど、特筆すべきはここに見る民族性。随所に見る南米のリズムパターンやメロディーは見事なバランスで、しっかりと民族性が見て取れる。
民族音楽や文化に興味がなくても、知らず知らずのうちに民族性の浸透がおこる。
このあとにリリースされる”the bedlam in goliath”で表現領域は大拡大する。

後編へ続く。

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2011年1月 7日 (金)

北斎の気分

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葛飾北斎になった気分はいかがかな?

え、神になりたいって?
なればいいがな。

しかし、外国人は面白いこと考えるなぁ。
歩きながら面白いことばかり考えてるんだろうなぁ。

ま、僕はえろいことばかり考えているわけだが、、、。

110106_2319_01

これで絵の神様になりやがれ。
http://www.adgame-wonderland.de/type/hokusai/

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綿より軽く

今年に入って初めてのミックスの仕事をした。
去年の9月頃から始めてちょっとずつ依頼が増えてきて、昨年末に受けた依頼にようやく着手できた。

僕と、maikotobrancoというバンドで一緒に演奏してる、リーダーの幸道さん(幸せの道と書いてこうどうと読みます、素敵な名字だ。)のチームで仕事をやっているのだけど、もうすっかり板についた感じだ。

パソコン大嫌いだった僕がひょんなことからパソコンのスクールに通うことになって、それがきっかけで苦手意識がなくなったことから始まって、気がついたら電子音響の曲を作ってて、気がついたらパナソニックの作曲の依頼で、最後はミックスの仕事と、、、。

僕にとってはどれも新鮮でとても面白いことばかり。

ミックスはもう一人ででも出来るんだけど、こうどうさんと一緒に仕事をするのが楽しいわけだ。
音の指向性も違うし、観点が全然違うから、僕の思いもよらないところからアイディアを出してくるから勉強になる。

もともとミックスも出来るようになるべきだと僕に勧めたのも彼だった。
なもんだから、常に彼は僕の先生なのである。

と、いうわけで、ドリームタッグ。


今日は柳田健一さんというピアノ弾き語りさんの音源の編集。
ま、いつもひょんなことなのだけど、ある時期、僕が日本の唱歌に凝って、そればかりを研究して分析してたときに出会ったのが柳田さんだった。
山田耕筰や滝廉太郎の話で盛り上がって、いつか一緒に彼らの曲を演奏しましょうってところから仲よくなって、一緒に演奏する前に彼の曲の編集を手がけることになったのだ。


柳田さんは完全アナログ人間でパソコンを持ってないから、したがってHPもないわけで、残念ながら彼の曲をここで紹介できないのだけど、大好きな曲がある。

その曲に関して、”滝廉太郎が作るようなメロディー感ですね”っていう話をしてまた盛り上がった。
あの温かみのある、深くて静かな美しさ。

日本の美しいメロディーがアンダーグラウンドでもまだ生き残っている。
それはとても素敵なことだ。


こうどうさんと二人で音像のコンセプトを決めて作り上げた音源は、聞き返すととても美しくて、目頭が熱くなった。
今日もいい仕事をさせてもらって、感謝感謝。

音源が出来たら、small finger recordsのHPで宣伝しようと思う。

で、柳田さんとは1/22に一緒に演奏することになっている。
池ノ上のバー、ruinaという場所。
http://music.geocities.jp/pajan_rock/page026.html


ああ、飛んでゆけ、君の手のひらに
君の手のひらに、ああ、飛んでゆけ

僕の好きな柳田さんの”綿”、歌詞の一節。

僕もそんな綿のように軽くしなやかに飛んでいきたいものだ。

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2011年1月 4日 (火)

みどりさんの、、、。

先日、といっても昨年末、お世話になったピアノの石田みどりさんが、僕のブログを紹介してくれました。

そ、そ、そ、そんな、いいんですか!!
あの、その、次生まれ変わったら貝になりたいです、、、。

恐縮。


素敵な演奏そのままに、とてもキュートでセクシーな方です。
http://ameblo.jp/minonin/

みどりさん、みどりさんは魔法使いですかっっっっ!

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get up

正月も、さすがに4日間もぐうたらしてると体にカビが生えそうだ。

そんなわけで、、、
寝室でやってた作業をようやくワークデスクに持ってきて、真剣に仕事開始。

某企業のネット広告のテーマ曲がありがたいことにまた依頼が来そうなので、ぼんやりネタを練りつつ、今日は一日、2月にやる企業パーティーのBGM用のアレンジをやってたわけです。

依頼主さん、面白い依頼をしてきた、、、。
”ポップスでもスタンダードでもない曲”

、、、はて、、、?

とりあえず木曽にちなんだ曲は1曲欲しいってことで、”木曽節”を大胆にアレンジして、これはこれでかっこ良くなったんだけど、、、。
あとはどんな曲をやろうかと考える。

おそらく世代が全く違うので、彼らにとってのポップスと僕らの世代のポップスは全く違うし、そゆことならと思って、思い切ってBjorkの曲を2曲、BGM用にアレンジした。

”hyperballad”と”who is it”の2曲。
Bjorkが好きな人にとってはこの2曲は、彼女のヒット曲としてもうおなじみだろう。


僕も凄く好きな曲で、譜面を書くのに久々にわくわくした。

音大時代、さんざんBjorkの曲を譜面にして研究してたのに、
今また譜面に起こしてみるとまた新たな発見がある。

やっぱり凄いバランスで出来てる曲なのだなぁと改めて感動した。
いやぁ、いい研究になったぁ。

あとはマニアックなジャズの名曲をやることにしてっと、、、。

で、気づいたらもう夕方になってて、相変わらずの慢性疲労。
明日の朝が呪わしい、、、。


疲れが永遠にとれないってのが、もう、なんだか、うそでしょ、ほんと、勘弁してよ、、、。

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2011年1月 3日 (月)

for me?

毎年、このときしか服を買わない、、、。

そう、初売りっっ!
一年で一番買い物に燃えるこの日!!


というわけで、去年といわず毎年毎年探しても探しても見つからない、
かっちょいいボトムを探して練り歩く、、、はずが、、。

あっさりと渋谷で発見。
ラクダの皮をなめした、細身で灰色のパンツ。
しかも一着限り!


店員さんに”一番小さいサイズなんですけど、入りますかねぇ?”と聞かれたけれども、
なめちゃいけませんよ、僕10年前とズボンサイズ変わってないですからね!

おしゃれしたいがために体鍛えてますからっっ!


というわけで裾もきらずサイズもそのまま、まさに僕に買われるためにあったか、フフフ。
又下80センチなめんなよ!!


しかし、さすがにこれだけ物がいいからには値段もいいわけで。
20年、20年は履いてみせる。


ああ、いい服きれるっていいなぁ、、、。


あとはこの飛んでいったお金様の穴を埋めるべく、また作曲を続けるのである、、、。
無限ループ、、、。

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