« hello darkness | トップページ | 種 »

2011年1月30日 (日)

30年の償い

父と2年ぶりに会った。

僕はもう東京に出てきて10年以上経つが、この時間と距離が僕と父の溝を逆に埋めたのだと思う。

実家にいたときはさほど口をきくこともなく、口をきいたと思えば意見があわなくて喧嘩ばかりだった。
ぶたれたこともあるし、家の廊下でどつきあい、座敷で口論になって投げ飛ばされたりと、まぁ、いろいろ。


そんな父と僕とは31歳の差があるわけだが、父は安保闘争のまっただ中に学生時代を送り、冷めた目でその闘争を見ていた。

僕は僕で、世の中の9割が退屈でつまらないと諦めていた学生時代。


父はチェリスト。
僕は太鼓屋。


喧嘩っ早さだけは、父も僕も同じ。

若い頃、父は職場の上司にたてついたそうな。
僕も同じことを職場で父と同じ年にやった。


僕と父の喧嘩の理由は分かっている。
究極の”似たもの同士”だ。

父にとって僕は30年前の自分、僕にとって父は30年後の自分。

お互いに本気で話すとイライラする。
ただそれだけ。
いつしかお互いに、思いを喋るのをやめていた。


今回、特に口論になることもなく、ただただ長く長く、お互いの思いを話した。

何かが変わるわけではない。
でも、父は今の世のあり方に間違いなく不満を持ってるし、それは僕が思っている不満と変わらなかった。

60を過ぎると急速に人は老けると誰かに言われたことがあったから心配していたが、相変わらずのとんがりようで、まぁ、ほっとした。

歯に衣着せぬ物言いは若干丸くなったように思う。
でも、小さい頃から僕が持っている、重たい父の存在感のイメージは全く薄れない。

今年、父はいよいよ定年で退職する。
銀行で一線を突っ走った30数年に幕が下りる。

僕は今日、本気で父に詫びた。
”お疲れさまは言えるけど、僕は親父に何もしてあげられない”と。

こんなに情けないことはないと、心の底から思う。
僕には何の力もない。

言葉が何の足しになるというのか。


やるべきこと、やらなければいけないと自分で決心したことが、大きな犠牲を生んでいるのは分かる。
それにしても、情けないと思った。


30年の埋め合わせを僕はどう埋めればいいのか、今はまだ分からない。

|

« hello darkness | トップページ | 種 »

普段」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/482886/38661165

この記事へのトラックバック一覧です: 30年の償い:

« hello darkness | トップページ | 種 »